第102話 寂しい

 次の日、私達は配信番組の打ち合わせで集まっていた。


 昨日、奈美穂の現場に行ったことで、奈美穂に嫌な思いをさせたんじゃないかの爽香と二人でドキドキしていたが、今日の奈美穂は意外にも普通だった。


 仕事の話し合いの途中、ふと奈美穂は罰が悪そうに切り出した。


「昨日、みっともないとこ見せましたよね。すごくカッコ悪いとこ……」


「全然全然!皆ベテランだし、奈美穂頑張ってたよ!」

「そうだよ。私だっていつもスタッフに怒られてる!」

 私と爽香は慌てて言う。

 奈美穂はちょっと笑った。

「前のライブ終わりの時には怒鳴ったりしてごめん。昨日ね、アズサさんに言われたんです。あんなに心配してくれる仲間いるのは羨ましいよって。奈美穂の為にあんなに恥かいてくれてって」

「ねえ、私そんなに恥かいてたの?」

 ちょっと解せない。

 そんな私の言葉を無視するように奈美穂は続けた。

「私、メンタル弱いから、また八つ当たりしちゃったら叱ってくださいね」

「わかった。メタクソに叱るね!」

 爽香はげんこつしてみせた。


 先日とはうって変わった奈美穂の態度に、ちょっとだけ私は違和感があった。


 いや、ブスッとされてるよりはいいんだけどさ。


「昨日アズサさんがね、ストレス溜まったり、メンタルやられて潰れそうになったらいつでも連絡してって言ってくれたんです。仲間に心配させちゃだめよ、ミュージカルの事はメンバーじゃなくて詳しい私に相談してって。本当に頼りになるいい人」

 奈美穂がうっとりとした顔になって言った。


「確かに、私達じゃ全然わかんないもんね。好葉なんか大根だし」

 爽香が茶化すように言った。


 うん、爽香の言う通り。

 でも私は何だか素直に同意できなかった。奈美穂の言葉が寂しかった。確かに私達にはわからないかもしれないけど、でも。

「で、でも私達にも相談してよ。メンバーなんだし」

「うん、そうですね」

 奈美穂は軽く言った。


「ねえ、おしゃべりししか聞こえてこないよ!ちゃんと話し合いしてる?」

 遅れてやってきた赤坂さんにせっつかれて、私達は慌てて話し合いを再開させた。


 ※※※※


「寂しい」


 その日の夜、お邪魔した雪名さんのマンションで私は呟いた。


 雪名さんは、私が持って来たベイビーベイビーの新作リーフレットを大事そうにファイリングしている最中だったが、その言葉を聞くとすぐに私のそばにやってきた。


「寂しくさせて悪かったわ。好葉と美里ちゃんの靴のアップに興奮しすぎてリーフレットに夢中になりすぎてた。すぐに踏ませてあげるから待ってなさい」


「あ、雪名さんのことじゃないんで、別にどうぞごゆっくり」


 私がそう言うと、雪名さんはなぜかプリプリとほっぺを膨らませて不貞腐れた。相変わらず雪名さんはたまにわけが分からない。



「奈美穂が、なんか私の手を離れて行っちゃう気がして寂しいんです……」

 私は雪名さんが入れてくれた紅茶を口にしながら口を尖らせた。


「別にあの子は好葉の子供じゃないでしょ」

 雪名さんは保存用リーフレットと、使う用(?)リーフレットに分けながら冷たく言う。

「グループの仕事を広げていくなら、各々が色んな人と色んな事をすべきでしょう。寂しいとか言ってたら足枷になるだけよ」


「それは正論ですが……」

 私は小さなため息をつく。

「奈美穂とは長い付き合いだから……デビュー前のレッスン生だった頃からの付き合いで……ちょっとキツく言われるたびにボロボロ大泣きしてた奈美穂をあやしてなだめて、ストレスで吐いちゃう奈美穂の看病をして……。ずっと私がメンタルケアしてたのにって思っちゃって……」 


「余計なお世話でしょ。子離れできないアホ親みたい」

 雪名さんはバッサリと言い切る。うう、私の方がメンタル死にそう。


「メンタルケアなんて、そんな面倒な事を川越アズサが引き受けてくれるんだから嬉しいじゃない」

「面倒じゃないもん」

 私は口を尖らす。

 雪名さんは無視するかのようにリーフレットを入れたファイルを棚に片付けると、ケア用オイルを持ってきて私の足を持ち上げた。


「あの、今日まだ踏んでませんが」

「たまには先にケアするのもいいでしょう。ささくれた心は足にも出る。ちょっと心を落ち着けなさい」

 そう言って、雪名さんはオイルを手に取る。

「いいじゃないの。別に奈美穂に見限られたわけじゃないんでしょう。はたから見ても、あなた達はいい仲間よ。ドンと構えていればよろしい」

 雪名さんはそう言いながら、私の足に丁寧にオイルを塗っていく。

 相変わらず丁寧すぎてくすぐったい。

 たまに、うふふふ、とニヤニヤしている雪名を見ていたから、本当に何だかささくれた心が落ち着いてきた。


「ところで。雪名さんの脅迫犯はまだ見つからないんですか?」

 私はオイルマッサージでちょっと眠くなりながら聞いた。

「ま、わからないわ」

 雪名さんはあまり気にしていない様子だ。

「私、やっぱ川越アズサさんじゃないと思います。だってそんな人を脅迫して引きずり落とそうとする人が、後輩にあんなにお世話するはずない」

「そうね。私も川越アズサじゃないと思ってるけど」

 雪名さんは適当に相槌をうつ。

「でも、やっぱ好葉の話聞いてたら、久々に彼女と話しはしたくなっちゃった」

 雪名さんは意味ありげに、ブサイクな笑いを浮かべていた。




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