第101話 ふざけた演技

 休憩が終わると、皆それぞれに動き出した。

「二幕目から、やるよ」

 監督が叫ぶ。


 ミュージカルの戦後のアメリカを舞台にしたオリジナルのラブストーリーである。

 主演は、川越アズサ。相手役は池田和文。

 奈美穂は主役の友人役で、そこそこ出番はおおいらしい。



「奈美穂!また歌の入りがおかしい。あと、セリフももっと激情的に!」

 何度もストップさせられるのは、ほとんどが奈美穂のシーンだ。

「ほら、まただ!」

「またおかしいのは奈美穂だな!」

「確かにさっきは大袈裟にって言ったけどさ、大袈裟っていうのはただでかい声出せばいいってもんじゃないよ」

「すみません!」

 大きな声で奈美穂は謝る。

 声が震えている。


 長い付き合いの私には分かる。奈美穂はストレスに弱い。でも泣けない。どんどんどんどんだめになる。限界を超えると倒れる。


 あれは倒れる直前だ。


 止めてあげたい。でもそれがだめなことは、わかっている。



「だめだ、またお前気が弱くなってしまってるな。奈美穂は休んでなさい。次のシーン奈美穂抜きでやるよ」

 監督がそう呼びかける。


「き、厳しい……」

 隣で爽香が呟いた。


 奈美穂はフラフラになりながら、隅に座った。


 奈美穂を抜いたメンバーは、スムーズに進めていく。もちろん止められてたりもするが、奈美穂ほど何度も繰り返し止められることはない。



「おい、そこのお仲間さん」


 急に、監督が私達に声をかけた。


「次のシーン、奈美穂の代わりに入れ」


「か、代わりに!?」

 私達はぽかんとする。


「奈美穂は今日はもうメンタルがやられて使い物にならない。さっき見てただろう。それとも今どきのアイドルは急なトラブルに対応できないのか」

 あからさまな煽りだった。


「やります」

 そんな煽りに、私はつい対応してしまう。


「ち、ちょっと好葉、これ、ヤバいって。好葉は妙に度胸あるとこあるから、奈美穂と交代させられたらどうすんの。奈美穂ショックで死ぬよ」

 爽香が小さい声でささやく。


「大丈夫。私、演技の無さには自信あるから」


 私は自信満々にそう言うと、意気揚々と演者たちの間に入って行った。



 ……

 …………そして。

「……うん、まあ、度胸はね、あったよね」

「歌はそこそこうまかったよ」

「ほら、演技とかしたこと無いならそんなものだよ」

「大丈夫だよ。君は歌とダンスで芸能界を勝負していきな」


 そのシーン終了後、なぜか私は皆に慰められていた。


「好葉、見事に見てられない演技だったよ」

 爽香もニッコリと褒めてくれた。


 監督は私に何もコメントすること無く、「もうメンタル大丈夫か」と奈美穂に声をかけていた。

 監督、煽ったならちゃんと責任取ってほしいです。


 奈美穂は「はい」と言って立ち上がった。

 私のそばにくると、小さい声で言った。

「……別に、私の為にわざと酷い演技しなくても良かったんですよ」

「あの、わざとじゃないんだけど」

 私の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、奈美穂は無視するように、そのまま演者の間に加わっていった。


「そろそろ、帰ったほう良さそうだね」


 爽香の言葉に、私は頷いた。

 


 監督や演者やスタッフ達に挨拶をしながら、帰ろうとした時、アズサさんが近寄ってきた。


「ごめんね、何かギスギスしたところ見せたかもね」

 そう謝るアズサさんに、爽香も申し訳なさそうに答えた。

「いえいえ、皆真剣なんだなって思いました。それなのに、うちの好葉がふざけた演技してすみませんでした」

「ふざけてはなかったです」

 私は訂正する。

 アズサさんは笑って言った。

「奈美穂、うまくいかないこと多くて、あなた達に当たり散らしちゃったって凹んでた時もあったから、暖かく見守ってあげてね」

「は、はい」

 そういうことを、奈美穂はアズサさんに打ち明けていたのか。

 人間関係はうまくいっているようで何よりだ。

「不束者ですが、奈美穂をよろしくお願いします」

 私達は頭を下げた。


「ところで。牧村好葉さん」

「は、はい」

「ネットの噂だから気を悪くしないでもらいたいんだけど……。女優の花実雪名に、囲われてるって本当?」

 か、囲われてる!?

 私は一瞬ぽかんとしたが、そういえば紗弓さんからも前に、雪名さんのファンの間でそんな噂があると聞いていたのを思い出した。

「か、囲われては、ないです!」

 とりあえず否定する。

「そう。ならいいんだけど」

 ちょっと意味深に微笑んで、アズサさんは立ち去っていった。


「川越アズサさんもきれいな人だよね。ちょっと雪名さんと似てるよね」

 爽香は呑気にそう言っていた。

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