第100話 潰れそう
こうして、私と爽香の休みが被った日で、かつ奈美穂のミュージカルの稽古がある日。
私達は、「くれぐれも迷惑かけないように!」と赤坂さんのポケッマネーで持たせられた高級お菓子の差し入れと共に、奈美穂のミュージカルの稽古場所へ向かった。
とあるレンタルスタジオ。
中に入るなり、力強いセリフが響いている。
前に、映画やドラマの現場にお邪魔させてもらったこともあるが、それとはまた違ったピリピリ感があった。
「あれっ?君は、えっと、どっかで会ったような……」
声をかけられて振り向くと、舞台俳優として有名な、
以前雪名さんと俳優仲間との飲み会に同行した時に一度会ったのだが、ほとんど話もしなかったので多分全然私の名前を憶えていないだろう。
「牧村好葉です。LIP‐ステップっていうアイドルしています。こちらはメンバーの加美爽香です」
私は丁寧にお辞儀をする。爽香も慌てて同じようにお辞儀をする。
「ああ、そうか、野々村奈美穂と同じグループの?今日は見学?」
「はいっ。あ、こちら差し入れ持ってきたので……」
私が差し入れを手渡そうとすると、池田さんは笑いながら手を振った。
「ありがとう。でもそれ、監督か座長に渡して。今あと少しで休憩入るから」
そう言って立ち去ろうとした池田さんに、私は急いで話しかけた。
「あ、あのっ!」
「何?」
「奈美穂は……どうですか?」
曖昧すぎる質問だったけど、池田さんは意味を理解してくれたのか、小さく笑った。
「まあ、何ていうか……ダメそうかも」
「えっ!な、何でっ……!」
食って掛かりそうな爽香を、私は慌てて止めた。
池田さんは困ったように笑った。
「まあ、その、本人次第だけど。致命的なまでにメンタルが弱いよね、彼女。メンタルが弱いことは、繊細な演技に必要だとの思うから悪いことじゃないけど。でも、このままだとちょっと潰れそうかもね」
「つ、潰れそう……?」
思った以上に辛辣な意見だった。
「はーい、休憩ー」
そんな声が奥の方から聞こえてきた。
「ほら、休憩入ったみたいだよ。どうぞ。あそこに忙しそうに何かしてるのが監督で、そこの真ん中に立って、今奈美穂と話をしているのが座長の川越アズサね」
川越アズサさんって、座長なんだ。
池田さんに促されて、私達は稽古場へ入っていった。
「皆様、お疲れ様です」
まずは監督にご挨拶を、と思ったが、忙しそうにどこかへ行ってしまった。
じゃあ座長か、と私達アズサさんに近寄った。
「お疲れ様です。私達、野々村と同じメンバーの、牧村と加美と申します。差し入れ、持ってきましたので、皆さんでどうぞ」
私が差し出したお菓子を、アズサさんはニッコリと笑って受け取った。
「あら、わざわざありがとう。まあ、ここ有名ケーキ店よね。嬉しいわ」
上品な微笑みだ。でもなんとなく雪名さんの作り笑いに似ている。
「好葉、爽香、どうしたんですか?」
奈美穂が戸惑ったように近寄ってきた。
「えへへ。ミュージカルの現場なんて、滅多に来れないから、来てみたくて」
「絶対に邪魔しないから」
私達はニヘニヘと笑ってみせた。
「みんな、奈美穂のお仲間から差し入れだって。色んな種類あるから早い者勝ちで取っちゃってー」
アズサさんの掛け声で、演者やスタッフやらがワラワラと集まってきた。
ありがとー、とか、うれしー、とか、私君たちのライブ見たことあるよーとか、優しく声をかけてくれた。
こうしてみると、和気藹々とした現場に見えるけど……?
「おー、何か盛り上がってる?」
どこかへ行ってた監督が現れた。
「監督、奈美穂のお仲間から差し入れ貰いましたー」
アズサさんが言うと、監督はニコリともせずに言った。
「あ、そう、ゆっくりと見ていってね。お仲間がめちゃめちゃ言われるのが苦じゃなければね」
「め、めちゃめちゃ?」
私が戸惑いの声をあげると、奈美穂はバツの悪そうな顔をした。
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