第98話 脅迫

「えっ?雪名さん脅迫されてるんですか?」

 雪名さんの背中をグリグリ踏みながら、私は驚きの声を上げた。



 打ち上げが終わった後、案の定雪名さんにいつものホテルに連れ込まれた。

 いつものように雪名さんの美しい背中を踏み、ヴッ゙、と言ううめき声を発しながら雪名さんが何気なく言ったのだ。


「ええ、最近事務所宛に怪文書が送られてきてね。『花実雪名の変態性をバラされたくなかったら、今の仕事を自ら降りろ』ってね」

「変態性って……」

「この私に変態性なんて無いのに、変よね」

「本気で言ってます?」

「冗談よ」

 冗談を言っているような顔は一切していないくせに。


「まあ、踏まれたいっていう欲望が変な事は知ってるわ。でも誰にも迷惑かけてるわけじゃないし」


「ま、まあ……」

 私に迷惑は……。まあ今更か。


「今ある仕事降りろって言われても、映画はもう公開しちゃったし、ドラマもかなり進んじゃって不祥事もないのに降りるとか現実的じゃないじゃない?とすると、今から始まるドラマとか映画の仕事を降りさせたいんだろうって社長が言っててね」


「お、降りちゃうんですか?」


「まさか」

 雪名さんはフンと鼻を鳴らす。


「こんな怪文書、真に受ける方がおかしいでしょ。それに私の性癖を知ってるのは限られた人だけだもの。すぐに犯人見つけるわ」


 そう言って、雪名さんは土下座スタイルから立ち上がって、ソファに座った。


 私も隣に座るよう命令して、今度は足を踏ませてくる。


 踏まれながら、雪名さんは説明しだした。

「私のヘキを知ってるのは、好葉、白井さん、社長」


 社長も知ってるんだ……。


「あと、歴代のマネージャーの一部と、……あと好葉の盗聴ファンね」

「それは何かすみません」

 私が謝ることなのかどうかもわからないけど、とりあえず謝罪はしておく。


「それと、川越アズサ」


「え?そうなんですか?」

 私は目を丸くする。


「そうなの。奈美穂に話したときには、性癖がバレないようにオブラートに包みながら話したんだけどね」

 たまにちょっとオブラート破れてましたけどね。



 雪名さんの話はこうだった。


〜〜〜

 まだピチピチの新人だった雪名さん。

 その日、足を何度も踏まれた雪名さんは、川越アズサがトイレに行った時について行くと、人気ヒトケのない場所に引きずって行ったそうだ。

「何よっ。文句でもあるの!?」

 と川越アズサは叫んだ。

 そんなアズサに、雪名さんは壁ドンをしながら言った。

「ねえ、私、踏まれるの好きなの」

「はっ!?何が好きだって?」

「あなたは踏むのが好きなんでしょ?需要と供給の一致よね?ねえ、お友達になりましょう」

「はあ!?」

 川越アズサは雪名さんの体を押して言った。

「馬鹿じゃないの変態!私別に踏むのが好きとかじゃないんだけど!」

「じゃあどうして踏むの?まさかいい年して、こんなみみっちい嫌がらせしてこの芸能界をのし上がろうとしているわけでもあるまいしね」

と、雪名さんは嫌らしい笑顔で煽ったそうだ。本人は煽ったつもりはないと言い張っていたけど。

 そんな事を言われたもんだから、川越アズサはブチギレ顔になって、その場に雪名さんを置いて走って行ってしまった。


 そしてその後、着替えの段階で、雪名さんは自分の衣装の小物が無いことに気付いた。

「あーあ、大事な雑誌からの借り物、失くしちゃって大変ねえ」

 嫌らしい声で謂う川越アズサに、雪名さんはすぐに怖い顔で詰め寄ったそうだ。

「あなたね」

「証拠は?無いでしょう」

「どうして借り物を無くしたって知ってるの?私、まだ無くしたとか何も騒いでないけど」

 雪名さんの詰め寄りに、川越アズサはこわばった顔になったそうだ。

「何よ!あんたイジメられて喜ぶ変態でしょ!」

「それじゃないわよ!踏んでくれって言ってんのよ!」

 二人が騒いでいるのを聞きつけたスタッフがやってきた。

 雪名さんは事情を話し、その後、一緒に撮していた別な子も、自分も川越アズサにイジワルされていたのだとの証言が出たりして騒ぎになり、結局その撮影はお蔵入りとなったそうだ。


 〜〜〜


「うわぁ……でも、それで意趣返しに雪名さんが踏まれたい変態だってバラされたりはしなかったんですか?」

 私の質問に、雪名さんは肩をすくめた。

「そうねえ、されなかったわね。まあ彼女なりのプライドがあったんじゃない?」


 プライドかあ。プライドがあるなら、その前にイジワルとかしなきゃいいのに、とは思うけど。でも嫉妬で黒い気持ちになる時があるのはわかる。


「それでね、今来てる仕事の中に、ハリウッド映画の吹き替えの仕事が来てるのよ。クソ性格の悪い女のくせに最後まで生き残るおいしい役でね」


 やっぱり性格の悪い女役なんだな、と私は感心した。


「その役が私に決まる前の候補の中の一人に、川越アズサがいたの。だから、社長なんかは川越アズサがこの怪文書を送って来たんじゃないかって」

「成る程」

 私は頷いた。

 確かに、雪名さんが辞退すれば自分に仕事が回ってくるかも、と思っても不思議ではない。


「私は、彼女はそういう事はしないと思ってるけどね」


 雪名さんは意外にもそう言った。


「もうそんなみみっちい事するような小物ではないし。まあでも社長も言ってることだし、一応話はしたいな、と思ってね。でも急に連絡とったら怪しまれるでしょ」


「もしかして、奈美穂を通じて話をしようと?」


「友達の友達、なら誘いやすいでしょう?」

 雪名さんはドヤ顔しているけど、あれだとどう考えても「お前の過去しってるぞ」という脅しになりそうだ。


「うまくいくといいですね」

 私は雪名さんの足を踏みながら、当たり障りない返事をしておいた。


 でも私が素っ気ない返事をしたせいだろうか。


 雪名さんはふと、自分の足を私の足から離して、そして私の顔を覗き込んだ。

「ど、どうしたんですか」

「過去のことだから。別に需要と供給が一致してるからって川越アズサに踏まれたいとか思っていないわ」

「はあ」

「勘違いしないように」

「はあ」

「まあ、私が浮気しそうだと勘違いした好葉が、またお仕置きするというのなら、甘んじて受け止めてあげてもいいわ」

「あ、甘んじないで下さい!」

 ていうか、もうお仕置きの件は忘れて!


 私は真っ赤になって、雪名さんから顔をそらした。




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