第97話 十代の頃
「それは、私がまだ十代の頃の話よ。同じくらいに事務所に入った同世代の子何人かと一緒に、雑誌の撮影の仕事をしていたの」
雪名さんは、奈美穂の隣で突然昔話を始めた。
その日、雪名さんは私達のライブの打ち上げに顔を出していた。
雪名さんの映画の公開により、あの日のカバ子の正体が花実雪名だと知ったライブハウスのスタッフ達が、是非雪名さんをライブに招待したいと騒いだのだ。
あの時迷惑かけたお詫びだとか言ってたけど、多分ただ会いたいだけだと思う。
雪名さんは初め、絶対に行かない、面倒くさい、とそっけない態度だった。しかし、前の映画のプロモーションの時にLIPの皆に迷惑かけたんだから顔を立てる意味でも言ってきなさい、と白井さんに叱られたらしく、不貞腐れながらやってきた。
不貞腐れていても、来てくれたら女優魂でとっても愛想が良くて明るい雪名さんをやってくれた。
ありがたい。
そうして私達のいつものライブが終わったあと、ライブハウス内の一室で、オーナーが分発してくれたいいお店のピサとそれぞれが持ち込んだ飲み物で打ち上げをするから、雪名さんも来てくださいと言われ、断りきれずにそのまま打ち上げ参加となってしまったのだ。
あとで多分踏めと言われるだろうな。それはちゃんとやってあげよう……。
雪名さんは打ち上げで散々いろんな人たちに絡まれていた。
少し時間がたって、皆が落ち着いてきた頃に、雪名さんは奈美穂の隣の席に移動してきた。
雪名さんが自分から人に近づくなんて珍しいな、と何となく私は気になって二人の話に耳をそばだてた。
「良かったわよ。前から思ってたけど、奈美穂は歌が上手いのね。ミュージカルもやるって聞いたけど」
「は、はい。ありがとうございます」
奈美穂は緊張して、ジュースを一気飲みしている。
「もしよろしければ、是非花実さんも見に来て頂けたら」
「ええ、もちろん行けたら行くわ」
行かない人の常套句を言い放ちながら、雪名さんは微笑む。
「ところでね、ちょっと私の昔話を聞いてくれる?」
雪名さんが突然そう切り出した。
雪名さんの昔の話!?興味がわいて、私は思わず、席を二人の近くに移動させた。
「それは、私がまだ十代の頃の話よ。高校生くらいだったかしら。同じくらいに事務所に入った同世代の子何人かと一緒に、雑誌の撮影の仕事をしていたの」
ワインを飲みながら話し出す。
「制服を着て、簡単なインタビュー答えて、流行りのメイク講座用の写真撮って。その撮影を一緒にした子たちの中に、私と同い年で、ちょっと雰囲気が似てるねっていわれている子がいたの」
「その人もきれいな人だったでしょうね」
「そうね、美人で、ちょっと性格が悪そうな顔をしてたわ」
「雪名さんは性格悪くありません。優しさが顔に滲み出ています!」
奈美穂は力強く言っている。
まあ、うん……まあ、そうだね。
「その子ね、待ち時間、撮影時、所構わず人の目を盗んで、私の足を何度も踏んできたわ」
「えっ!何それ酷いっ。嫌がらせじゃないですか!」
「そのつもりだったんでしょうねぇ」
雪名さんはうっとりと回想している。
「何度も踏んでくるご褒美……じゃかった、嫌がらせをしてくるからね、私はその子に『もっとしていいわよ』って言ったんだけど」
「えー、煽ったんですか?」
いや、リクエストでしょ。
「そう言ったらもう踏んでくれなくなってね」
踏んでくれないって言っちゃってますよ、雪名さん。出ちゃってる出ちゃってる。
「今度は衣装の小物を隠してきたら、『それじゃないわよ』って私キレちゃってね」
「さすがに物隠されたら怒りますよね」
いや、リクエストにお答えしなかったからキレたのでは。
「まあ、その後、彼女他の子にもそういうイジワルしていたことが発覚して事務所クビになったみたいでね。でも実力はある子だったから、別な事務所入って、舞台中心に仕事の幅を広げて、今や舞台女優として知る人ぞ知る存在になったみたいなの」
そこまで言うと、雪名さんは奈美穂の肩をぽんと叩いた。
「その子の名前は川越アズサ。今度奈美穂の出演するミュージカルの主演女優ね」
「えっ!!」
「えっ!!」
奈美穂だけじゃくて、私まで声が出てしまった。
「あら、好葉も聞いていたの?」
雪名さんに声をかけられて、おずおずと二人の近くに座る。
「すみません、雪名さんの過去編が気になってしまって」
「そ、それより川越さんの話、本当なんですか?何度かお会いしたけど、キツい人ですけどそんな陰湿な事しそうも無かったですよ。姉御肌でサバサバして、どっちかっていうといい人でした」
心配そうに奈美穂が言う。
雪名さんは肩をすくめて答えた。
「今はそんなイジワルな話聞かないし、十分大物になったからそんなみみっちいことはしないと思うわ。でも、なんかキツイこと言われたら、私はお前のみみっちい過去知ってるんだぞっ、いつでも暴露できるぞって思ってたら気が楽になると思わない?」
「奈美穂はそんな暴露なんてしません!」
雪名さんとは違うんです!
私は奈美穂を抱きしめながらキッパリと言った。
雪名さんはワイン片手に笑ってみせた。
「ま、実際に小娘が主演女優にそんな事言っても誰も信じないっていうか、だから何?って言わるだけだと思うから、言わない方が懸命よね」
「言わないですよ」
奈美穂もコクコクと頷いた。
「それにしても、びっくりです」
「まあ、若い頃の黒歴史だし。あまり大袈裟に捉えないで」
人の黒歴史を他人に暴露しちゃうあたり、ちょっと雪名さんも根に持ってたんじゃないだろうか。
私はそう思ったけど、飄々とした顔でワインを飲む雪名さんからは何も読み取れなかった。奈美穂にこの話をあえてした意図もわからない。
雪名さんは最後に奈美穂に言った。
「もし、川越アズサと二人きりで話す機会があったら、是非花実雪名が今度会いたがってた、って伝えてくれる?」
「それ、脅迫になりません?」
奈美穂はちょっと苦笑いをしていた。
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