第84話 ファンの三角関係

 ※※※※


 初めは、紗弓さんは自分は行かないと言い張っていた。

「だって!雪名様に会うなんて……私もう死ぬ。雪名様の視界に私なんていれるわけにはいかない!!」

「何言ってるんですか」

「それに、雪名様がファンなのは美里でしょう。私なんか行ったら邪魔になる!」

「そんな事無いです。ていうか、未成年の美里ちゃんだけで初対面の人と食事させるのは不健全です。保護者の人がいないと」

 私の言葉に、紗弓さんは渋々頷いて、同行を決めてくれた。


 ちょっと早めの夕食。ちょっと高そうなハンバーグ専門店の個室。

 その真ん中で優雅に雪名さんは座っていた。

「初めまして。花実雪名です」

 雪名さんの美しい微笑みに、私と一緒に個室に入っていった美里ちゃんは、緊張したように口をパクパクさせていた。

「は、はじめ、まして。あの、森野美里、です」

「知っているわ。もう5年くらいずっとベイビーベイビーの専属モデルしてるのよね」

「女優さんが私のこと知っててくれるなんて、信じられない」

 美里ちゃんは立ったままポーっとなっているので、雪名さんは立ち上がって、優しく椅子をひいて座らせてあげた。

「緊張しないで。ところで美里ちゃん一人?保護者の方とかは……」

「あの、お姉ちゃんも来てるんですけど、緊張しちゃって店に入ってこれないみたいで」

 美里ちゃんが困ったように説明する。

「私、呼んできます」

 私は、個室を出て紗弓さんを呼びに行こうとした。しかし、雪名さんが、がっしりと私の襟首を掴んだので、おえ、となって引き戻された。

「な、何ですか」

「待ちなさいよ。私を美里ちゃんと二人きりにする気?」

 雪名さんは小声で文句を言う。大好きな美里ちゃんと二人きりの何が問題なんだろう。

「私、子役とかどう対応していいのか苦手なのよ。好葉がいなくなったすきに、私が美里ちゃんに失礼したらどうしてくれるの?お詫びに顔でも踏んでくれるわけ?」

 プリプリと怒る雪名さんは、口調はいつものように偉そうなのに顔付きはとても不安そうだ。


 またに見える雪名さんの弱気な顔は、私をなぜかゾクゾクさせる。


「雪名さん、本当に美里ちゃんが好きなんですね。あ、美里ちゃん子供だから足小さいですけど、踏ませようとしたりしないでくださいよ」

「そんなことするわけないでしょう。美里ちゃん、小学生なのよ」

 雪名さんは憤慨する。


 それにしても、紗弓さんはなかなか来ない。

「えっと、……美里ちゃん、お姉ちゃんに電話してもらえる?」

 仕方なく私は美里ちゃんに頼む。

 美里ちゃんは頷くと、可愛らしいスマホを取り出して紗弓さんに電話をかけた。

「もしもし、お姉ちゃん、何してるの?皆待ってるから来て。え?いや、来てよ」

 まだ紗弓さんは渋っているのだろうか。

 仕方がない。私は、美里ちゃんから電話を借りた。

「牧村さん、私外で待ってますので3人でごゆっくりしてください」

 牧村さんは頑なだ。私は少し考えて、一か八か言ってみた。

「紗弓さん、待ってます」

「いえ、待たないでもらえれば……」

「あの雪名様が、紗弓さんをお待ちなんですよ?雪名様をお待たせしていいんですか?」

「今すぐお伺いします!」

 電話が切れる音がした。

「良かった。すぐに来てくれるみたいです」

「この私を待たせるなんて、なかなかの大物じゃないの」

 美里ちゃんがいるのに雪名さんは素になって言ってしまった。しかし当の美里ちゃんはハンバーグのメニューを選ぶのに必死だった。


 すぐに紗弓さんは個室にやって来た。

 ガチガチのまま、雪名さんと目を合わすことができないままに深く挨拶する。

「は、はじめまして。その、森野、み、美里の、マネージャーで、姉の、森野、といいいいいい……」

「お姉ちゃん落ち着いてよ」

 美里ちゃんが呆れたように言う。

 紗弓さんは真っ赤な顔のまま美里ちゃんの隣に座った。

「はじめまして。花実です」

 雪名さんは微笑んでみせた。

 そして、何だか雪名さんはジッと興味深げに紗弓さんを見ている。

「随分と似ている姉妹なんですね」

「そうなの。お姉ちゃんと私、あんまり背も変わらないんです。だから、ベイビーベイビーの服、お姉ちゃんも入っちゃうんですよ。ねー?」

 美里ちゃんが紗弓さんに同意を求めるけど、紗弓さんは黙ってコクコク頷くだけだ。

 雪名さんは、ふうん、と小さく言うと、何気ない風を装って言った。

「じゃあ、?」

「えっと、み、美里よりは大きいですけど、21センチしか無いので小さめです」

「ふうん」

 意味ありげに雪名さんは頷いた。


 え?まさか?まさか?小さめだけど……狙ってなんか……ないよね?


 私は、紗弓さんが雪名さんの変態の魔の手に引っかからないか、ちょっと心配になってしまった。

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