第85話 幻滅
食事はなんやかんやで楽しく進んだ。
子役にどう接していいかわからないとか言ってたけど、一切気まずい空気にはなっていない。
紗弓さんの方も、時間が経って少し雪名さんのオーラに慣れてくれたようで、無口ながらもなんとか平常心をたもっている。
「私のことは気にせずに。雪名様と同じ空気を吸っているだけでお腹いっぱいです」
と言いながらも、しっかりと巨大ハンバーグを注文していた。
雪名さんは美里ちゃんを子供扱いせずに、立派な一人のモデルとして扱っていた。そして、美里ちゃんのファンであることを熱心にアピールしていた。
「私、美里ちゃんが初めてベイビーベイビーに出た時のカタログ持ってるわ。あの時、靴下のページだけに出てたのよね」
雪名さんの古参アピールに、美里ちゃんはちょっと照れていた。
「凄いですね。ていうか、何で花実さん、ベイビーベイビー知ってるんですか?年の離れた妹さんいるとか?」
「違うわ。まあ、ほら、色々プレゼントとかに使ってて」
雪名さんは適当に答えている。
雪名さんが楽しそうにしているので、私はホッとしてハンバーグをぱくついていた。とっても美味しい。それに、いつも雪名さんと行くお店よりは高くないので、ちょっと安心できる。
「私ね、ベイビーベイビーの靴下大好きなの。素敵よね」
「あ、今私とお姉ちゃん、新作の靴下履いてるんですよ、見ますか?」
そう言って、美里ちゃんは靴を脱いで、ほら、と足を上げてみせた。
「こら、食事中に足をそうやって上げるのやめなさい」
紗弓さんが慌てて美里ちゃんを叱って、足を下げさせた。
一瞬、雪名さんの方からかなり大きな音でゴクがと息を呑む音が聞こえたような気がした。
「フフ、あとでゆっくり見せてね。えっと、お姉ちゃんも、今新作履いてるの?」
雪名さんは、紗弓さんに向き合う。
雪名さんから話しかけられた紗弓さんは、身体を固くして「は、はいっ」と答えた。
「け、結構、も、も、貰うので」
「ふうん、見てみたいわ」
ジュルリ、と雪名さんからよだれが出たような音がしたが気のせいだろうか。
「は、は、わ、私が履いているのはもう汚くなってしまったので……見せるわけには……あ、このデザインです」
紗弓さんはスマホで靴下の写真を見せてくれた。
「ふうん」
見たいといったくせに、雪名さんは興味なさげな声を上げる。
見たかったのは絶対に靴下じゃなくて、紗弓さんの足だったでしょ、と私は思わずジトッと雪名さんを見つめた。
美里ちゃんをが小学生だというとこもあり、ハンバーグを食べ終えるとすぐに帰ろうということになった。
「頑張ってね。応援してるわ」
雪名さんは美里ちゃんに握手を求める。
美里ちゃんは、雪名さんと握手したあと、上目遣いでお願いしてきた。
「あの、是非お姉ちゃんとも握手してあげて下さい」
「もちろんいいわよ。はい」
雪名さんは、紗弓さんに手を伸ばす。紗弓さんは、真っ赤になりながら、何度も手を拭いてから雪名さんの手を取った。
「感激です。もう手は洗いません。この空気をまとったままでいたいのでお風呂にも入りません」
「駄目よ、ちゃんと入らないと」
「じゃあ入ります」
速攻で発言を撤回する。
最後に連絡先を交換して解散となった。
「好葉ちゃん、一緒にお仕事できるの、楽しみにしてるからね」
美里ちゃんの言葉に、私は大きく頷いた。
「うん、再チャレンジ、頑張ります」
美里ちゃん達の車を見送り、私と雪名さんはタクシー乗り場まで歩いて行く。
「可愛かったわ、美里ちゃん」
雪名さんはご満悦だ。
「そして、お姉ちゃんもそっくりね。足が小さいって言ってたけど、見てみたかったわ」
やっぱり紗弓さんの足に危機が迫っていた。私は一応釘をさす。
「紗弓さんに踏んでもらいたいとか言わないでくださいよ」
「あら、嫉妬?」
雪名さんは上機嫌で微笑む。
私はどうしてだがその時、雪名さんのその態度にちょっとだけイラッとしてしまった。
「そうじゃなくて、紗弓さんは雪名さんの大ファンなのに、そんな事したら可哀想じゃないですか。幻滅させちゃうっていうか」
「好葉」
雪名さんが歩みを止めていた。
「幻滅してたの?」
「え?」
私も歩みをとめて、雪名さんに向き合う。
「好葉は、私を幻滅してたの?好葉は可哀想なの?」
しまった、と私は思った。
踏まれたいと言われたら可哀想。確かにそれは、私が今雪名さんを踏んでいる日々を嫌がっていると言っているようなものだ。
私はどう言い訳しようか必死で考えているうちに、雪名さんが次の質問を投げかけてきた。
「好葉は、私を踏むのが嫌なのね」
確かに、雪名さんの美しい身体を踏むのは罪悪感に苛まれるので苦手だ。好きかと問われれば好きではない。でも、嫌と言うのは……
私が黙っていると、雪名さんは「ふうん」といつものように短く言った。
怒っている声じゃなかった。
「わかったわ。今まで悪かったわね」
そう言うと、颯爽と演ってきたタクシーに乗り込んで、一人行ってしまった。
「違う。違うんです……。嫌ではないです」
ようやく出てきた声を、雪名さんが聞くことは無かった。
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