第83話 お誘い

 私の言葉を聞いた紗弓さんは、また更に何かを聞こうと口を開いた。


 その時、私のスマホが鳴る。


「お気になさらずに、出てもらっても大丈夫ですよ」

 紗弓さんが言うので、お言葉に甘えてスマホを見ると、噂をしたらで雪名さんからだ。


「お疲れ様です」

「お疲れ様。ベイビーベイビーのテスト終わった?」

「終わりました……」

 よいご報告ができないので、無意識に暗い声になる。

 私の声の様子に、雪名さんはため息をついた。

「その様子じゃ駄目だったようね。まあベイビーベイビーは素晴らしいブランドだから、なかなか難しいしょうね。次頑張りなさい。今日ご飯でも奢るわ」

「ありがとうございます。でもまだ再チャレンジあるんです」

「そんな暗い声出してるんじゃないわよ!てっきり駄目だったかと思って無駄に励ましちゃったじゃないの!奢りは無しよ。今日は割り勘ね割り勘」

 雪名さんは一人でプンプンしているようだ。

 ていうか、知らないうちに食事の予定は決めらちゃっている。

 せっかく美里ちゃんからマックのお誘いがあってこうして送ってまでもらっているので、申し訳無いけど後日にしてもらおう。

「すみません、今日一緒に撮影した子とこれからマックに行く約束をしているので、申し訳ありませんが後日にしてもらえませんか?」

 恐れ多くも断らせて頂いた私に、雪名さんは「そう」とあっさりと承諾してくれた。

「仕事帰りにマック?子供みたいね……子供……子供……?えっ、一緒に撮影した子と……?えっ?好葉、今日誰と一緒に撮影したの?」

「森野美里ちゃんっていうキッズモデルの子です。ベイビーベイビー専属の」

「も、森野美里ちゃん!?」

 雪名さんから聞いたこともない声が発せられた。

「ど、どうしたんですか!?そんな声出して」

「……好葉、マックは中止して」

「へ?」

「森野美里ちゃんに、好きな料理聞いて頂戴。いいお店予約するから」

「えっと……?」

「小学生だからあんまり遅く帰らせないようにするから、保護者の方にも連絡しておいて」

「あ、あの話が飲み込めないんですが」

「お願い、私、森野美里ちゃんに一度会ってみたいの」

 雪名さんから、必死なおねだりの声がする。踏んでほしいとおねだりするときとはうってかわって、ずいぶんと可愛らしい声だ。


 雪名さん、こんな声も出せるんだ……。初めて聞いた。いや、違う。一度どこかで聞いたことあるな。『……して……欲しい』って。いつ、どこで言われたんだっけ。思い出せない。まあいいや。


 ちょっと聞いてみます、と私は言って、美里ちゃんと紗弓さんに声をかけた。

「あの、雪名さんが、美里ちゃんのファンみたいで、一緒に食事したいと言ってるんですが……」

「え?」

「えええっ!?」

 美里ちゃんのびっくりする声と、紗弓さんの失神しそうなほどの悲鳴のような声が車内に響いた。


 紗弓さんは後日、あの時動揺のあまり事故を起こさなかった自分を褒めたい、と言っていた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る