第73話 ロックナンバー

 ライブハウスに観客が入ってきた。

 いつも来てくれているファンもいたが、やはり初めてのファンも多そうだ。

 年齢や服装的に、明らかにオオタカさんのファンもいる。

「よし!やるよ!」

 私は二人に声をかける。赤坂さんは心配そうに私達に話しかける。

「ねえ、本当に大丈夫?好葉なんて、風邪の病み上がりだし、喉の酷使は辞めたほうが」

「酷使なんかしません」

 私はキッパリと言う。


 スタッフも全員集めて円陣を組む。オオタカさんも誘って、全員で大きな円陣を作る。

「いくぞー」

 オー!!という声を合図にそれぞれの持ち場につく。


 さあ、ツアーも中盤。


 慣れない地方でのライブハウス。負けなられない戦いが始まる。


 一曲目、二曲目。何となくいつもと盛り上がり方が違う。やはりファンがいつもと違うようだ。

 それでもついてきてくれるし、こちらも合わせて盛り上げていく。


 ゲストのオオタカさんの出番だ。

 ゲストとはいえ、明らかにファン層が違う。

「持ち時間、好きなようにやってもいい?」と言われていたが、どうするんだろうか。

 オオタカさんは登場してすぐに、何も言わずにエレキギターをかき鳴らした。


 このギターのイントロ、聞いたことがある。

 私達のデビューシングルだ。


 オオタカさんのファンは勿論、私達のファンも大盛り上がりだ。


 格好いいロック調に編曲された私達のアイドルソングをサビまで演奏仕切ると、大きな歓声が湧き上がる。

 その勢いのまま、オオタカさんは自分の曲を歌い出した。

 さすがベテラン、演奏テクニックは勿論言うまでもないが、観客を引き込む手法も凄い。

 全員を自分のファンのように盛り上げていく様は、さすがだ。

「相手にとって不足なし、だね」

 私と爽香は顔を見合わせて不敵に笑う。でも奈美穂なんかは不安そうな顔だ。

「失敗して下手くそに歌っちゃったらどうしよう……あんなベテランの次に……」

「できるできる。私達だって、ちゃんと練習はしてたんだし」

 そう言って、奈美穂を励ました。そうしているうちに、オオタカさんの曲が終わった。

 元々、オオタカさんの曲を歌うことにはなっていたので、それを歌う。彼が地元の商店街の為に作詞作曲した歌いやすいバラードだ。

 勝負はその後だ。


「オオタカカズハル、デビュー曲『LOCKS・Days』!」

 私は叫ぶ。

 オオタカさんのデビュー曲、練習してはみたものの、ゴリゴリのシャウトのがあって、私達の声質に合わなくて無理はしないでやめよう、となっていた曲だ。オオタカさん自身も、今は声が出ないらしくてほとんど歌わないらしい。


 でも歌ってみせよう。私達は本番に強いんだ。


 オオタカさんのファンは、滅多にライブで歌われない歌に興奮しだした。

 実力はあるがメンタルが弱いだけの奈美穂からの歌い出しで、低いシャウトをしてみせると、私達のファンも盛り上がった。

 オオタカさんが少し驚いたような顔をしているのを後目に、私と爽香も歌い出す。

 私達のセトリに滅多に無いロックナンバーに、会場はいつもとは違う空気にもなったが、私達の信頼するファンはついてきてくれている。


 間奏に入ると、私はステージ横にいるオオタカさんに叫ぶように声をかける。

「オオタカさん!カモン!」

 一瞬、参ったな、という顔をしたがさすが一流、すぐさまステージに出てギターをかき鳴らした。

 歌は歌わない。やっぱり声が出ないのは歌わない主義なのだろう。あとで怒られたらどうしよう。ま、いっか。


 ゲストタイムはとてもいい手応えで終えた。


 オオタカさんは、ステージ裏に帰ると、私達に向かって笑いかけた。

「やるね。いや、やられたよ」









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