第72話 ベテラン

 そうこうしているうちに、バスが会場のライブハウスについた。


 荷物を下ろそうとしたら、赤坂さんが慌てた表情で言ってきた。

「最低限の荷物だけ持ったら、まっすぐ奥のA1の楽屋に行って。今日ゲストで出てくれるオオタカカズハルさんが、もう待ってるらしいわ。挨拶に行って」

「えっ!もう待ってるんですか!?」

 早めに到着して、まだ集合時間になってない。ゲストの方の集合時間はもっと後のはずだ。

「オオタカさんって、かなり早くから楽屋入りする人らしくて。こっちは更に早くに来てなきゃダメだったみたい。ごめん、こっちの情報不足だった」

「そんな」

 私達は慌てた。オオタカさんは地元を拠点とする50代のかなりのベテランのロック歌手だ。

 地方局のテレビでいくつものレギュラーを持っている。

 急いでオオタカさんのいる楽屋に走って行った。


「おはようございます!遅くなりまして申し訳ありません!」

 本当は遅くなったわけじゃないけど。

 私達は楽屋のドアを開けるなり、丁寧に頭を下げた。

「ああ、おはよう。そんなに必死にならなくていいよ。僕がいつも早すぎるだけだから」

 思ったよりも優しい声でオオタカさんが声をかけてくれた。私達はホッとして顔を上げる。

「まあでも、僕が若い頃は3時間くらい早めに入ってたけどね。先輩待たせちゃだめだと思って。あ、でもあれか、東京のアイドルは、地方の歌手より上だから、そんな事考えなくてもいいか」

 おや、あからさまに嫌味を言われている。

 ここまで気持ちよく分かりやすい嫌味は久しぶりだな、と逆に感動してしまった。

「すみません、こちらの時間配分が未熟でした」

 後ろから赤坂さんの声がした。バスからの荷物配置を指示してすぐに来てくれたようだ。私達の前に出てきて頭を下げる。

「申し訳ありませんでした。今日は、オオタカさんのお力を借りてステージを成功させたいと思いますのでよろしくお願いします。あ、向こうに差し入れありますのでよろしければ。あと、こちら、オオタカさんウイスキーがお好きとお聞きしましたので」

 手早く赤坂さんはオオタカさんに細長い箱を差し出した。

 いつの間に用意していたんだろう。

 オオタカさんは少しご機嫌な顔で箱を受け取ると、ニッコリと笑ってみせた。

「こりゃ悪いね。いや、この子たちが忙しいのは分かってるから。大丈夫だよ。僕はちょっと若くないから最近の流行りはわからないんだけど、若い子の間では話題なんでしょ?ネットニュース結構出てるとか」

 やっぱりネットニュース止まりか。私はちょっとがっくりした。隣で奈美穂がほほえみながら答えた。

「おかげさまで。ネットニュース以外でも知られるように頑張ります」

「そうか、頑張ってね。そういえば、さっきスタッフがちらっと言ってたけど、君つい最近まで風邪ひいて休んでたんだって?」

 オオタカさんの言葉に、私はビクッとした。

「あ、はい。最近までインフルエンザでお休み頂いてました。でももうガッツリ治って伝染したりしないので大丈夫です」

 私は口を抑えてみせる。オオタカさんは笑った。

「大丈夫大丈夫。僕は絶対に風邪引かないから」

「バカだから、とか?」

 聞こえないくらいの小声で爽香がつぶやいたので、私と赤坂さんは二人で爽香の足を踏んづける。

 爽香の失言は聞こえなかったようで、いい調子でオオタカさんは続けた。

「忙しい時にインフルエンザにかかるなんて、二流三流だね。僕は忙しい時は特に風邪を引かないようにしているんだ。みんなに迷惑がかかるからね」

 こっちだってかかりたくてかかってたわけじゃないんだけど。

「気持ちの持ちようが足りないね。気合があればインフルエンザだらけの満員電車に放り込まれたって感染したりしないよ。風邪を引くっていうのは、根性が足りないんだ」

「はあ、根性」

 私はつい適当に返事をしてしまう。

「ま、そんな大事な時に風邪を引く二流三流で収まらずに、ちゃんと一流になれるように頑張ろうね」

 オオタカさんはニッコリと私に笑いかけたので、私は慌てて営業スマイルを作って、「ソウデスネ」と返した。


 オオタカさんの楽屋から出て、すぐにステージに立ち位置の確認へ向かう。

 ステージに立ちながら、爽香がギリギリと言った。

「なんだあれ!老害かよ。つーか勝手に早く来ておいて偉そうに!」

「シーッ!爽香落ち着いて下さい」

「何よ!奈美穂もムカつかない?久々にあんな分かりやすい嫌味聞いたわ!」

「分かりやす過ぎて逆に感心しちゃいましたよ」

「わかる。私も」

 私は奈美穂に同調する。爽香は口を尖らせた。

「好葉なんて、風邪引いた事を馬鹿にされてんだよ?何が二流三流だよ!好葉だけじゃないね!あれは今風邪引いてる人全員を敵に回したね!」

「そうだね」

 私は爽香の言葉にも同調する。

「好葉?なんか顔が怖くないですか?」

 奈美穂が顔をのぞいていくる。

「あれ?そうかな」

 私は自分の顔をこねくりまわす。

「ちょっとだけ、あれには苛ついちゃってね」


 そう、私が二流三流なのは構わない。

 でもあれは、今インフルエンザで休んでいる雪名さんのことも二流三流呼ばわりしたのと同様だ。

 私の女王様が二流三流?ふざけないで欲しい。雪名さんは自分を殺してまで、踏まれたくなるまでストレスをためてまで仕事に真剣な一流女優だ。


「絶対にあの人に、ステージで目にもの見せてやろう」

 私は二人に強く語りかける。二人共一瞬戸惑ったようだが、すぐに「そうだね!」と強く頷いてくれた。




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