第68話 看病
喉が乾いて目が覚めた。あまりさっきから時間は経っていない。
そう言えば、そろそろドアノブに食料が掛かっているだろう、と私は玄関から顔を出した。
案の定、玄関にはスーパーの袋に入ったおかゆのレトルトやら果物の缶詰やらゼリーやらが置かれていた。
「ありがたや……」
あんまりお腹は空いてないけど、ゼリーくらいは食べよう、と思いながら袋を取り上げたその時だった。
ゆらり、と目の前に人影が現れた。
「ひっ!」
マスク、シールド、ビニールの帽子のビニールのガウン、ビニール手袋、病院でインフルエンザの検査をしてくれた看護士さんのような出で立ちの人が私の目の前に立ちはだかった。
かと思ったら、私から食料の袋を取り上げると、私の腕を掴んで部屋へ押し入ってきた。
「あ、あの」
「寝なさい」
いい姿勢でキッパリと言い放つその姿ですぐ分かった。雪名さんだ。
「何で?」
「いいから寝てなさい。私は加湿器を取り付けに来ただけだから。思った通り、やっぱり開封できてないわね」
そう言って雪名さんはサクサクと加湿器を開封していく。
「すみません、ちょっとだるくてせっかく貸してくれたのに全然開けてなくて……」
「寝てなさい」
再度雪名さんは強く言い放つ。
私は大人しくベッドに横になり、開封作業をする完全防ウイルスの雪名さんを見つめていた。
「雪名さん、その格好は」
「この近くに大きなドラッグストアがあるでしょ。そこで全部揃うわ」
へえ、ドラッグストアってすごぉい。じゃなくて。
「何で雪名さんその格好……?」
「伝染ると困るじゃない。私も忙しいのよ」
「じゃなくて、何でわざわざそんな格好をしてまで来てくれたんですか」
「体調悪くて加湿器開けれないんじゃないかと思ったからよ」
そうじゃなくて。
何でわざわざ私の為に、人気女優がそこまでしてくれるのか。今の私は雪名さんを踏んであげれないのに。
それを聞こうとしてまた口を開こうとしたら、雪名さんにギロリと睨まれて、
「だから、喋ってないで寝なさい」
と怒られた。なので大人しく布団をかぶる。
雪名さんは慣れた手付きで加湿器の設置を終えると、今度はスタッフが持ってきてくれた食料袋を覗き込んだ。
「食べられる?」
「あんまり食欲無いです。ゼリーは食べようかなって思ってました」
「そう」
雪名さんは袋からパウチゼリーを取り出して私に渡すと、袋の残りを持って台所へ向かった。
ガチャガチャと大きな音がしたと思ったら、すぐに戻ってきた。手には小さな氷嚢と氷枕が抱えられていた。
「氷嚢なんでありました?」
「この食料袋に氷とセットで入ってたわ。私は氷入れてきただけよ」
そう言って、私のおでこに優しく手をあてる。ビニール手袋越しの手が冷たくて気持ちいい。
「まだまだ熱いわね。とりあえずこれ頭に置きなさい」
「雪名さんが、優しい……」
私は感激して呟いた。
「こんなにしてもらって嬉しい。治ったら、お礼になんでもします」
「じゃあ、顔……」
「顔を踏む以外ならなんでも……」
雪名さんは一瞬だけムッとしたが、すぐに小さく微笑んでくれた。
「ま、そんな事気にしないでサッサと治しなさい。繁忙期なんでしょ」
そう言って、雪名さんはサッサと帰宅準備を始めた。
「食料は冷蔵庫入れておいたから。じゃあ私は帰るわ」
「ありがとうございます」
私が起き上がろうとすると、雪名さんは強引に私をベットに押し戻した。
「私に気にしないで寝てなさいって言ってるでしょ。私は勝手に帰るから」
そう言って、雪名さんは立ち上がった。
「家の鍵の予備はある?貸してくれたら鍵かけて帰るから好葉はそのまま寝てても大丈夫よ。今度会った時に返すから」
「あ、じゃあそこのテレビの横にかけてあるピンクのキーホルダーのやつ……」
私が指差すと、雪名さんは予備の鍵を持って、そのまま立ち去って行った。
鍵をかける音が聞こえた。
私は氷嚢を頭に当てながら、またゆっくりと目を閉じた。
空気が潤っていて、何となくのどが楽に鳴った気がした。
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