第58話 バスルーム

 雪名さんをお待たせするわけにはいかないので、私は急いで全身を洗う。足は丁寧に洗う。

 英語のパッケージのボディソープは、ほんのり雪名さんの匂いがした。

 キレイにした身体を、真っ白なバスミルクが溶かされている湯船に沈めると、お酒も入っているせいか、何だか眠くなってしまう。


 寝ちゃう前に上がらなきゃ、と立ち上がろうとした時だった。


 ガチャ、と音がして、真っ裸の雪名さんがバスルームに入ってきたのだ!


「せ、雪名さん!!何で!?」

「もう靴の準備出来たから」

「そういう事、聞いてるんじゃないです!」

「一緒に入れば時間短縮じゃない」

 その言葉を聞いて、私は慌てて立ち上がる。

「すみません、もしかして私遅かったですか?すぐに上がります」

「ゆっくりしてなさい」

 雪名さんはそう言って、平然とシャワーを捻った。

 スタイルのいい白い身体に、お湯がが勢いよく流れていく。

 私は上がるに上がれなくなって、再度湯船に身体を沈めた。


 雪名さんは髪を洗い、何やらいい匂いのするオイルを頭に塗りながら、私をジッと見つめてきた。

「さっきチラッと見たけど、好葉、案外筋肉ついたシッカリした身体してるのね」

「セクハラです」

 私は赤くなって、顎まで湯船に身体を沈める。

「あら、今川さんは触ったのにセクハラじゃないのに、私のは見ただけでセクハラなの?」

「あの人はちゃんと許可取ってましたし」

 私は湯船でブクブクと言った。話の流れとはいえ、今川龍生の肩を持ってしまったのがちょっと悔しい。

 雪名さんはちょっとだけ笑った。

「今川さん、気遣いの鬼だから」

「気遣いの鬼?」

 私が首を傾げると、雪名さんは笑った。

「そう、ああいう場とか、現場でも、演技でも、相当気を遣う人なのよ。だから、実力派俳優やっていけてるの。あの人天才型じゃないから。監督とか、観客とかが何を求めているかをシッカリ見極めて演技する人なの。昔はそうじゃなかったみたいで酷かったみたいだけどね。昔の今川龍生の出てるドラマ見てご覧なさい。クソよ」

 雪名さんはいつものようにひどい口調で言い放った。でも表情は楽しそうだ。

「昔、留美さんにこっぴどくやられたらしくてね」

「ああ、溝端留美さんも、凄く気遣いしてくださる人でしたね」

「そうでしょ。留美さんのことも私好きよ。努力の人で、尊敬している。だから、今川龍生も尊敬しているの」

 そう言い切ると、雪名さんは私に向かって軽く微笑んだ。

「納得した?別に私あの人の事恋愛対象じゃないって」

「……一応」

 私は再度ブクブクする。

 確かに、今日の飲み会での雪名さんを見れば、相当周りに気を遣っているのがわかる。

「だいたいね、前に私が好葉を初デートに誘った時は、『イケメン俳優と一緒に行けばいい』って冷たく突き放したくせに」

 雪名さんは、私の顔に向かって軽くシャワーをかけてくる。私はぷるぷると顔を振った。

「だって、デートするだけなら別にいいじゃないですか。なんか、女王様とお付の人って感じでイメージつきやすいですし。でも雪名さんが誰かを『好き♡』ってなるのはイメージできないんですもん」

「やっぱり、好葉は私の事何だと思ってるの?」

 雪名さんは、呆れたような目を向けると、シャワーで髪のオイルを流していく。


「ところで、いつまで入ってるの?私も早く入りたいんだけど」

 さっきはゆっくりしてろといったくせに、雪名さんは冷たい。仕方なく私は湯船から身体を出した。

 雪名さんは、私とは入れ替わりに湯船に入り、スタイルのいい身体を沈めた。

「やっぱり好葉、いい身体してるわよ。グラビアとか依頼来ても大丈夫そうね」

 湯船から上がる私を見て、雪名さんは再度セクハラしてきた。

「グラビアかぁ」

 私には想像もつかない。

「グラビアするなら、足は隠した方がいいわ。靴下とか、ブーツ履いて」

 雪名さんのグラビアプロデュース案に、私は思わず吹き出した。

「そんなの、水着着てブーツとか、かえってエッチじゃないですか?」

「そんな事無い。隠すべきよ」

 雪名さんは真面目な口調だった。

「雪名さんは、グラビアの依頼とかあったんですか?」

 ふとたずねると、雪名さんは遠い目をしながら答えた。

「昔、あったわ。『この私が水着になると思うの?』って、その当時のマネージャーに問いかけたら、それから二度とオファーは無くなったけど。不思議よね」

「なるほど、不思議ですね」

 私は、深く頷いて見せながら、優雅に湯船に浸かる雪名さんを背に、バスルームを出ていった。








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