第57話 反省会

「さて反省会といこうかしらね」

 雪名さんのマンションに着くなり、怖い顔で私に言い放った。

「えーっと……怒ってらっしゃいますよ、ね?」

「あら偉いじゃない。わかってるみたいね。何が悪かったかもわかってる?」

 雪名さんはフン、と鼻を鳴らす。


「えっ、あの、その、雪名さんのものである足を、勝手に触らせたから、ですよね」

「あとは?」

「あ、あと?」

 その他にあるのだろうか。私は首を傾げる。

 雪名さんは、ハァと大きく呆れたようにため息をつくと、私のほっぺを軽くムニュリとつねった。

「アイドルが、不用心に男の人に身体を触らせるんじゃありません。どこで誰に見られてるかわからないのよ」

「あ、あ、そういう事……」

「まあ私が口出すことじゃないかもしれないけど。赤坂さんに叱ってもらって頂戴」

「ああ、ごめんなさい」

 意外にも私の為の事だったので、申し訳なくなってしまった。でも……。

「で、でも、雪名さんも、いくら怒ったからって、今川龍生に手を絡ませて、それを私に見せつけるなんて……そんなイジワルをしなくても」

「イジワル?」

 雪名さんは冷たい目で見てくるので、私はビクッと身体を縮こませた。

「イジワルなんかしていないけど。あれは……」

 雪名さんは、ふと言葉を止めて、少し考えるように黙り込んだ。

「……まあいいわ。これで反省会終了」

 何も良くない。あれは、何だったんだ。でも、これ以上追求する気力は無かったので、私は口を尖らせたまま黙るしかなかった。

「さて、反省会も終わったし、今日のメインにしましょう」

 急に反省会をぶつ切りさせた雪名さんは、いそいそと棚から真紅のピンヒールが入っている箱を取りだした。


 多分、怒ってはいたんだろうけど、それ以上に早く踏んでもらいたくてムズムズしていたのだろう。だからサッサと反省会を切り上げたに違いない。


「あ、すみません雪名さん、ちょっと踏むの待ってもらっていいですか」

 私がふと言うと、雪名さんは今日イチの怖い顔をしてきた。私は慌てる。

「違うんです。また焦らしプレイとかじゃなくて!あの、さっきの会場暑くて……汗かいたので、足だけでも少し洗わせてもらいたくて」

「………………まあ、そうね。そう言えば私も髪に匂いが付いてるわ」

 雪名さんは仕方なく、といったギリギリした顔になりながら、バスルームに向かった。

 そして、ふわふわのタオルを手に戻ってくると、私に渡してきた。

「湯船にお湯も入れてきたから先に入りなさい。足だけじゃなく全部洗っちゃいなさい」

「え、雪名さんからで大丈夫ですよ」

「先に入りない。私は靴の準備をしてからにしたいから」

 有無を言わせぬ口調に、私は大人しくタオルを受け取った。

「それでは、お言葉に甘えて……」

 いそいそとピンヒールを箱から取り出し始めた雪名さんを背に、私は急いでバスルームへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る