第56話 可愛い後輩

 さすがの私にもわかる。あれは絶対に雪名さんお怒りになられている。

 雪名さんのものである足を、勝手に触らせたからお怒りになったんだ。

 だから、あんな風に、私にあえて見せつけるみたいに手を絡ませたんだ。雪名さんはあんなふうに男の人に媚びるみたいな手の絡め方なんてしない。だって女王様なんだから。


 完全に凹んでしまった私を放っておいて、マイカちゃんは、「あっちでちょっと媚び売ってくるねー」とアケスケな言い方で別テーブルに行ってしまった。


 チラリと雪名さんの方を見ると、楽しそうに他の人とお喋りをしている。今川龍生もまた違う席に行って、違う人と楽しそうにしている。


 私は小さくため息をついて、一旦落ち着こうとトイレに向かった。

 男性の店員さんにトイレの場所を聞いて案内してもらう。

 とても広くてキレイなトイレで少し頭を冷やし、化粧を直してから戻ろうとした時だった。

「大丈夫?」

 声をかけられて振り向くと、今川龍生が立っていた。

「何かさっき急に元気無くなっちゃってたし、何かトイレも長かった気がしたから気になってさ。大丈夫?」

「あ、ご心配かけてすみません。化粧直してただけなんです」

 私は慌てて顔をポンポンと叩いてみせた。

「お気遣いありがとうございます」

「あ、うん。なら大丈夫なんだ。酔って吐いてたらどうしようとおもってさ」

 優しい笑顔だった。

 なんか、思ったよりもいい人かも。いや、この優しさが人誑したる所以なのかもしれない。

 そう思っていた時、スッと今川龍生の顔が私に近づいた。

「ああ、うん。化粧きれいになってるね」

 そう言って、軽く私の唇に触れると、何事も無かったかのように顔を離してトイレに向かっていった。

 ――あの人、距離感おかしい!!やっぱ軽い!

 私は心臓をバクバクさせながら、会場に戻って行った。


 その後、色んな人と話をしたり、チラチラと雪名さんや今川龍生の様子を窺ったりしながら時間が過ぎていった。


「えー、このっち二次会行かないのー?」

 終わり際に、マイカちゃんが不貞腐れながら言った。

「行こーよー。二次会はまた別なメンツも参加するみたいだよ。一緒に媚び売りに行こうよー」

「あはは、また今度ね」

 私は申し訳なくなりながら断った。

 私にはこれから、雪名さんを踏むという重大任務がある。それも多分お怒りになってる雪名さんの。

「そっかー。あ、これ私のアカウント書いてる名刺ー。あと、私がプロデュースした雑貨の売れ残りもあげるー。全然売れなかったから在庫処分だよー」

 マイカちゃんは、ブサ可愛いイラストの書かれた名刺と、同じくブサ可愛いイラストのハンカチをくれた。

「ありがとう。あ、よかったら来週から私達のライブツアーあるんだけど、チケット送ってもいいかな。都内の来やすいとこ選ぶから」

「送って送ってー!友達と行くから2、3枚いける?」

「何枚でもイケる」

「在庫処分同士だねー」

 人のライブチケットを在庫処分呼ばわりしてくるのに、やっぱりマイカちゃんは不快にならない。これが人のキャラってやつなのかしれない。

 マイカちゃんはハンカチの他に、シュシュやヘアピンもくれると、媚を売りに二次会組に合流しに行ってしまった。


「好葉、帰る準備出来た?」

 雪名さんが笑顔で声をかけてきた。

「雪名ちゃんは二次会行かないの?」

 近くにいた留美さんが残念そうに言った。

「残念だね。雪名ちゃん滅多に飲み会来ないから、もっと話したかったんだけど」

「すみません、明日朝早くから仕事なんです。また今度来ますよ」

 雪名さんはニッコリと微笑んで見せる。

「残念ね。男達も雪名ちゃん狙ってる人結構いたしねー」

「いたんですか!?」

 思わず私は口を挟む。留美さんはケラケラと笑った。

「あはは、気になる?」

「なります!」

「雪名ちゃんはモテるからね。例えば……」

「ほら、好葉もういいでしょう。留美さん、気にしないで下さい」

「あはは。可愛い後輩じゃない。私の後輩は、すっかり週刊誌の常連で可愛くないから羨ましいわ」

 留美さんはチラリと目線を動かした。その目線の先には今川龍生がいた。

「今川さんって、留美さんの後輩だったんですか」

「年は上だけど、芸歴はね。ずっと可愛がってたけど気づいたら可愛くなくなってたわ」

 留美さんは肩をすくめた。

「ま、朝早いなら早く帰りなさい。また今度ね」

 そう言って、留美さんも二次会組に合流していった。

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