第55話 セクハラ
続々と人が集まってくる。
私の隣は留美さん、そして近くには同世代のモデルの子が座った。
は、そういえば今川龍生はどこに座っているのだろうか。必死であたりを見渡すと、こともあろうか雪名さんの隣に座っていた。私の席からは離れているのでよく見えない。これじゃあ今日の目的を果たせないじゃない!
「雪名ちゃんが近くにいなくて心配?」
私の様子を見た留美さんが声をかけてくれた。私はあわてて首をふった。
「いえ。こういう芸能界異業種の飲み会初めてで緊張してて」
「えー、アイドルってそうなの?」
私の近くに座っていたモデルの子話しかけてきた。たしか、マイカちゃんと名乗っていた気がする。とっても細い童顔の子だ。
「私結構こういうの積極的に参加するよー。仕事に繋がるし。あ、やっぱアイドルだから変な虫つかないように過保護にされてるんでしょう」
ちょっと小ばかにするような口調だが、不思議とそれが不快に感じないあっけらかんとした子だった。
「過保護っていうか。やっぱり注意されるよ。今日のこれも、はめ外すなってマネージャーから注意されてる」
「あはは、うけるー。このっち超おもしろーい」
何がうけるのかは分からないし、このっちって初めて呼ばれたけど、やっぱり別に不快では無かった。
「よかった。好葉ちゃんとマイカちゃん気が合いそうね」
留美さんは嬉しそうに笑う。
留美さんはいい人だった。たまにテーブルを離れたかと思うと、盛り上がっていない席に行って話を盛り上げ、または席替えを提案して相性のよさそうな人同士引き合わせている。みんな席を移動して歩いているので、ぽつんと一人になってしまった人がいれば近くにいって話しかける。
とにかく気遣いのすごい人だった。
「川端留美って、美人だったんだね」
マイカちゃんが、留美さんが席を離れたときに、私にそっと囁いた。
「ドラマで見るとさ、やっぱ主演の人のキラキラ感半端なくて、溝端留美って普通女子ーって感じで地味に見えるけど、リアルは普通に美人だよね」
あけすけな言い方だったが、正直私は同感してしまった。名前もちゃんとわからなかったくらい地味な存在感だったのに、本物はとっても美人だ。
「芸能界って、美形ばっかだね」
当たり前のことを思わずつぶやいてしまい、またマイカちゃんに「このっち超おもしろーい」と言われてしまった。
「そーいえばさ、ずっと気になってたんだけど、このっちの足ちょっと見てもいい?」
「足?ああ、わたし19センチなんだ」
私は靴を脱いでマイカちゃんに足を見せた。マイカちゃんは目を丸くした。
「19!すご!前にシンデレラサイズのモデルがいてさ、その子も足小さかったけどたしか21くらいだったよ。えーすごい。靴も見せて。あ、この靴知ってる。オーダーメイドだよね」
マイカちゃんは、私のダークグリーンのパンプスをまじまじと眺める。
「かわいい靴。てか、そんな足小さいとなんか需要ありそうだけどね」
「小さい足マニアからの需要はもう間に合ってます」
「何そのジョークうける」
ジョークじゃないんだけどね。
「いや、シンデレラサイズモデルとかさ、ありそうって思ったんだけど」
「そんなのあるの?」
私が思わず身を乗り出したその時だった。
「お。ここは若い女の子ゾーンかな」
急に声をかけられて振り向くと、なんとターゲットの今川龍生があちらから声をかけてきたのだ。
「わ、今川龍生。本物」
マイカちゃんが声を上げると、今川龍生はさわやかに笑った。
「おいおい、呼び捨てか?」
「ごめんなさい。つい」
「ま、かわいいから許そう」
そう言って、私とマイカちゃんの間に椅子を持ってきて陣取った。
「初めまして。今川です」
「はじめまして。Prettygirl専属モデルのマイカっていいます」
「アイドルをやってます、LIP‐ステップの牧村好葉です」
「あ、知ってるよ。何か最近ネットニュースで見たような」
今川龍生はそう言って考え込んだ。ああ、やっぱり私たちの知名度は、ネットニュース止まりなんだな、とちょっとがっかりした。
「で、何の話してたの?」
「このっちの足が小さいって話です」
「ほんと?見せて。あ、これってセクハラになる?」
少し心配そうな顔をして見せる今川龍生に、私は少し笑って答えた。
「いや、これくらいなら別に」
私の言葉を聞くと、今川龍生は、まじまじと私の足を見つめた。
「本当だ。かわいい足だね。触ったらさすがにセクハラになるか」
「今川さん、どんだけセクハラに怯えてるんですか」
マイカちゃんが笑った。案外女の子に対して誠実な人なのかもしれない。
「別に、足を触るくらいならいいですよ」
「じゃ、失礼して」
今川龍生はそっと私の足を持つように触った。雪名さんと同じく、大事なものを持ち上げるような触り方だった。
「すごいね、でもしっかりした足だね。鍛えてる?」
「アイドルなのでダンスを少々」
「うん、いい足だ。足フェチがいたら泣いて喜びそうな足だね」
「その言葉はセクハラっぽいですよ」
マイカちゃんが茶化すように言うと、まじか、と今川龍生は頭をかいて笑った。その時だった。
「今川さん」
優しく呼ぶ声がした。雪名さんがこちらに近づいてきた。
「こちらの席にいたんですか」
「ああ、雪名ちゃん。そうだ、この子って雪名ちゃんの事務所の後輩なんだっけ」
「ええ、そうです。かわいいでしょう」
雪名さんはにっこりと笑っている。
「今ね、好葉ちゃんの足がいいねって話をしてたんだ。小さいのに触ってみたらしっかりしてるんだよ。知ってた?」
今川龍生の言葉に、雪名さんの笑顔が一瞬だけピクリと動いた。
「触ったんですか?今川さん、セクハラって言われたらどうするんですか」
「ちゃんと許可取ったよ。ねー?」
私は同意を求められて、頷いた。
「ふうん」
あれ、この低いテンションの『ふうん』は、女王様のご機嫌が悪い時の……。
「今川さん、そちらの話が終わったら、ぜひまたお話しましょう。あちらで待ってますね」
そう言って、雪名さんは人に見られないようにそっと今川龍生の手に、手を絡ませたのだ!私にはしっかり見えた!そんな!
「うん、じゃあまた後でそっちいくね」
今川龍生は、そんなアピールには慣れっこなのか、平然と雪名さんを見送った。
「このっち?どうした?すっごい不細工な顔してるけど」
マイカちゃんに言われたけど、私は不細工な顔を戻すことができなかった。
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