第54話 女優の生き様

 そうして雪名さんも無事に山奥の撮影から帰宅し、飲み会の日がやって来た。


「撮影はいかがでしたか?」

 待ち合わせして一緒に会場に行く途中に、私はふとたずねてみた。雪名さんは無表情で一切の感情が読めない顔で答えた。

「山奥はいいわ。喧騒から逃れて静かで。かと思いきや結構な虫の音が響いて……」

「あ、山奥の感想ではなく」

 私は慌てて言い直した。

「共演者の方々とはいかがでしたか?」

「まあまあね。今回は地味だけど実力派の多い現場だから。勉強になるわ」

 珍しく雪名さんから前向きな感想が来た。

「それにしても何なのかしらあのプロデューサーは。俳優達にビビりすぎて『任せる』『任せる』ばっかり……。人任せでお給料がもらえるんだから、良いお仕事よね」

 やっぱり雪名さんは雪名さんだ。相変わらず辛辣なところが出てくる。

「えっと、今川龍生とは……どうでした?」

「今川龍生?ああ、あまり今の撮影では絡みが少なかったから」

「そうですか」

 とりあえず私は一旦ホッとした。


 しかし私はどうしても気になることがある。雪名さんが上機嫌なのだ。以前は飲み会の日には機嫌が悪く、ストレスをためまくりの雪名さんが、今日は鼻歌なんて歌いながら歩いている。やっぱり好きな今川龍生が来るからじゃ……。

「馬鹿ね。好葉がいるからに決まってるでしょ」

 あっさりと雪名さんは言う。

「イライラしたらすぐに軽く足でも踏んでもらえるし、何よりこの飲み会が終わったら、あのピンヒールを履いた足で……。うふふふふ」

 大変に不細工な笑顔で微笑んでくれた。うん、そうでしたね。


 会場であるおしゃれな居酒屋の前に着くと、雪名さんは一つ大きく息を吸って、そして少しだけ丁寧な瞬きをした。

「見てなさい好葉。女優・花実雪名の生き様を今日は見せてあげるわ」

「生き様?」

 何を言われているか理解できないまま、私は雪名さんについて居酒屋に入っていった。


「お!花実さん!来てくれたんだ!好きなとこ座ってー」

 大きめの個室に、数人の男女が集まっていた。見たことのある俳優・女優・モデルや、見たことはないけどなんか偉っぽい人もいる。

「こんばんは!誘ってくれてありがとう!楽しみにしてたわ」

 雪名さんは、明るい笑顔で思ってもいなさそうなことを言う。

「池田さん、いつも企画してくれるのに、行きたくても行けなくて悔しかったわ。今日は事務所の後輩連れてきちゃったけど、大丈夫かしら」

「ああ、もちろん!」

 池田さん、池田和文イケダカズフミだ、と私は興奮した。ドラマにはあまり出ないけど、舞台を多くやっていて、私も見に行ったことが何度かある。

「はじめまして。LIP‐ステップというアイドルをやらせていただいてます、牧村好葉です。今日はよろしくお願いします」

「よろしく。そんな固くならなくていいよ。あ、でも牧村さんはあえて花実さんと離れて座ってね」

「え」

 私ではなく雪名さんが一瞬困惑した表情を浮かべる。何かあったらすぐに踏んでもらうつもりだったので、想定外だったのだろう。

「あはは、後輩が心配?でも今日はいろいろ交流を深めてほしいからなあ。大丈夫だよ、俺が責任をもって後輩をいい席に案内するよ。おーい、留美ちゃん!」

 池田さんに呼ばれて、端の席にいた留美ちゃんがやってきた。

 この人もドラマで見たことがある。花実さんより年上っぽいきれいな人だ。ただ、名前までは知らなかった。留美さんというのか。

「知ってる?溝端留美ミゾバタルミ。名バイプレイヤーの」

「よくドラマで拝見してます」

 私はすぐに言った。留美さんはにっこり笑った。

「初めまして。雪名ちゃんも久しぶり。前のドラマ、楽しかったね」

「はい。留美さんにはお世話になりました。あの現場、すっごく楽しかったですよね!またやりたいなあ」

 雪名さんは心底楽しそうに言う。

 私の覚えている限り、雪名さんが『すっごく楽しかった現場』など皆無のはずだが。

「雪名ちゃんの大事な後輩は私の隣で預かるね。いじめないから大丈夫だよ」

「留美さんの隣なら安心です。手の早いクソ男に近づけないでくださいね」

「やだあ、クソなんて、雪名ちゃんの口から初めて聞いたよ。よっぽど大事な後輩なんだね」

 私は『クソ』なんて、雪名さんの口から数えきれないほど聞いておりますが。

「ま、そんなわけだから、雪名ちゃんも今日の機会にいろいろな人の話ゆっくり聞いてきなよ。勉強になるよ」

 留美さんの言葉に、雪名さんは一切の嫌な顔をせずに、満面の笑みで答えた。

「そうですね。私、先輩方のお話聞くの大好きです」


 絶対に嘘であろう言葉を、キラキラした瞳で吐き出す雪名さん。

 これが、女優・花実雪名の生き様……。

 私はちょっと感動していた。




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