第50話 見なかったことにする
※※※※
「お疲れ様でーす」
お酒とジュースのグラスが、小気味いい音を立てる。配信ライブの打ち上げだ。
薬師寺さんが、花水木組側の事務所で打ち明け代を奢ってくれると言うので、私達はちょっといい個室の焼肉屋さんをリクエストしてしまった。
「こんなにいいお肉食べた事ないよぉー」
爽香が幸せそうに箸を伸ばす。
薬師寺さんがひたすらに肉を焼きながら丁寧な口調で言った。
「もうSNSでは話題になってますし、ネットニュースにも出ています。事務所のシナリオだろ、とかやらせ臭い、とか的を射た意見もありますが、概ね『仲間庇うとかイケメンすぎる』とか『友情ヤバい』と言う意見が多く、結音のイメージ回復に成功しました。ありがとうございます」
赤坂さんも、薬師寺さんと一緒に肉を焼きながら言った。
「いえ、何かこっちもなぜか『全然関係ないのに仲直りの場を提供したあのアイドルの器半端ない』って、なぜか高評価頂いてます」
「ふふ、世間では結音の事で持ち切りだけど、うちらのファンの中では、バラエティのゲストの方が大事件で盛り上がってるんですよねー」
奈美穂はファンのSNSを見ながらニマニマと嬉しそうに言った。
「でも本当に良かったの?うちのバラエティのゲストで。深夜番組だけど……」
千奈がホワホワと首を傾げながらたずねた。私達はお肉を頬張りながら、勢いよく頷いた。
「そりゃ!!『ハナミズキの種』は、若い世代に人気で、ネット配信の再生回数多いって有名ですから!」
「うちのファン達の喜びよう見てもらえればわかりますよ!!」
「わかった、わかったから」
千奈は、私達の勢いにちょっとだけ引き気味だ。
「でも、そこまでして結音のイメージ回復させてあげたいなんて……。ちょっと感動しちゃった。仲が悪いなんて、やっぱり世間的にそう見せてただけなんだね」
私がそう結音に言うと、結音は微妙な顔をした。
「あー……。どうかな」
「どうかなって……。結音はドライだなぁ」
私が呆れたように言うと、千奈がちょっとだけ悪い顔をしてみせた。
「私達と結音が仲直りするのはね、色々こっちにも都合がいいの」
「都合がいい?」
「うふふふ」
千奈はホワホワと笑うだけで、それ以上何も言う気は無いようだ。
「まあ、私からもお礼を言うよ。千奈とまともに話したのも久しぶりだったね」
結音はそう言いながら、取り分けた豆腐サラダの豆腐をぐちゃぐちゃに潰していた。相変わらず美味しく無さそうな食べ方……。
「結音!!」
突然、鋭い声が響いて、私はビクッと飛び上がった。名前を呼ばれた結音は、もっと動揺した顔をしている。
「その食べ方、やめなさいって前から言ってたでしょ!」
鋭い声の主は、千奈だった。
ホワホワの千奈のどこからそんな声が出ているのかと思うほどキツイ声だった。
「あ……悪い……」
「不快に思う人もいるんだからねっ!テレビでその癖つい出ちゃったらどうするの!?」
「うん……」
あのキツイ性格の結音がしょんぼりと頭を垂れている。
「ち、千奈ちゃん、ほら、今日は仲直りできためでたい日だから。結音ちゃんも、気楽にしていいよ」
赤坂さんが執り成すように言った。結音は首を振り、小さく「大丈夫です」と言って、すっと立ち上がった。
「トイレに行ってきます」
と小さく言って個室を出ていった。
「あ、私……言い過ぎたかもしれない。ちょっと見てきます」
そう言って、千奈も部屋を出ていった。
「千奈ちゃん、しっかり者なんですね」
私は思わず呟いた。薬師寺さんは苦笑している。
「結音をコントロールできるのは、昔から千奈だけですよ」
結音と千奈はトイレの割には少し時間がかかっているようだ。私は心配になって立ち上がった。
「喧嘩になってないか、ちょっと見てきます」
「いってらっしゃーい」
爽香と奈美穂は呑気にお肉を頬張りながら私を見送った。
個室の部屋を出てトイレの方へ向かった。すぐに二人が向かい合っているのを見つけて、話しかけようとしたときだった。
「……久しぶりだから……その、もっと……」
「あんまり言ったら空気が悪くなる。ここでは我慢しなさい」
「うん……でも」
なんだろう。喧嘩しているのだろうか。私はこっそりと近寄ってた。
「やっぱり千奈しか叱ってくれなかったから……千奈に会わなかった間、何度か他の人の前で行儀悪くしてみたけど……」
結音がそう言いながら千奈を上目遣いで見ている。あのいつものヤンキー結音はどこにいったんだろう。そんな結音に、千奈は軽蔑するような目を向けた。
「わざと行儀悪いことしてたってこと?悪い子だ。そんな事しちゃだめじゃない!」
「うん。ごめん」
そう謝る結音の顔は、心無しかウットリとしている。
私はあの顔を知っている。
私に踏まれているときの雪名さんと同じ顔だ。
「だって私、千奈に叱られたくて……」
「全く、可愛い声の女のコに叱られたいなんて……その性癖も変わってないんだから」
「うん……」
「今後はもう仲悪いふりしなくてもいいんだから。ちゃんと叱ってあげる。もう、私以外に叱られようとしないでよ。わざと食べ物グズグズにしちゃ駄目だからね」
「うん」
結音は恍惚の表情で千奈を見つめていた。
結音の事を、同族嫌悪的な何かを感じる、と以前雪名さんは言っていた。
まさにその通りで、私は少し感心してしまった。変態には変態を嗅ぎ分ける能力でもあるんだろうか。
とりあえず、私はこの件は見なかった事にする。関わって碌な事は無いだろう。
早く戻らないと、お肉食べ尽くされちゃう。
私はいそいそと個室に戻って行った。
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