第43話 ウッカリ

 それから配信ライブに向けて、私達は準備を始めた。曲数や時間は多くないけど、結音の知名度を利用させてもらってアピールをしまくった。

 正直、ちらほらと、『早川結音と関わって欲しくない』みたいなご意見はあったが、とりあえずは『なつかしー楽しみー』みたいな感想だけを信じてやるしかなかった。


 その日、私は衣装として使うTシャツとスカートを事務所に受け取りに来ていた。

 近くのスタジオで結音が仕事をしているというので、ちょっとだけ会って衣装を渡すことになり、コーヒーショップで一番安いコーヒーを頼んで待つことにした。

 あまり人のいない隅の席に座ってゆっくりしようとした時だった。

「お疲れ様ですー」

 急に声をかけられて振り向くと、帽子を深く被って黒いマスクをした背の高い女性がカフェオ・レを手に立っていた。

「雪名、さん?」

 私がそう口にすると、シッ!と人差し指をマスクに当てた。

「顔隠してるのに、大きな声で名前を呼ぶんじゃないわよ」

「あ、すみません」

 私は慌てて謝る。雪名さんは周りをチラリと見ると、帽子を外して伊達メガネをかけ、そして私の前に座った。

「偶然ですね。雪名さんもこの辺でお仕事だったんですか」

「そうね。そこのスタジオで雑誌の撮影が。そこの窓からあなたが見えたから寄ったの。それにしても、あなたも一応アイドルなんだから、こんな丸見えの席に座るもんじゃないわ。どうせ変装もマスクだけとかなんでしょう?」

「そんな、私なんてまだまだ知名度なんか無いですよ。……てかこの席そんな丸見えですか?雪名さんここに座っちゃ駄目ですよ」

「移動するわよ」

 雪名さんが小声で言うので、私は素直に別の隅の席について行った。

「全く、あなたは自己評価が低いせいもあるのか、ちょっとウッカリなところがあるわよ」

 雪名さんは何故かぷりぷりしながら言う。

「まあ今はその話はいいわ。ところで気づかなかった?もう少し奥の席。面白そうな話してそうよ」

「面白そうな話?」

 私は雪名さんの指し示した奥の席に目をやった。

「あれ?ゆ……」

 おっと、また普通の音量で名前を言うところだった。危ない。

 そこには結音がいて、誰かと真剣な表情で話をしているようだった。

 私は声をかけようと立ち上がったが、すぐに雪名さんに引っ張られて止められた。

「ちょっと、何してるのよ」

「私今日ここで、結音と待ち合わせしてたんです」

 私はそう小声で言って、再度結音の方へ行こうとしたが、雪名さんは首を振った。

「やめときなさい。ほら、凄く真面目な顔で話をしてるわ。あっちの話を終えてからの方がいいわよ」

「た、確かに」

 私は頷いて席に戻った。

「一緒にいるのって……あの、センターの」

 私は結音の方を見ながら雪名さんに同意を求めた。

 結音の前に座っているのは、花水木組のセンター、直居なおい千奈ちなだ。昔は5人、今は8人の花水木組で、ずっと変わらずセンターを務めている実力派アイドルだ。

 昔から、裏でも表でもどんな時でも優しいホワホワゆるカワ系で、結音や雪名さんとは全然違う。

 そんな直居千奈が、怖い顔で結音と何やら話している。

「優しくて可愛い千奈にあんな顔させるなんて、多分結音がヤンキーの如く脅しているに違いないです」

 私が小声で言うと、雪名さんは呆れたようにため息をついた。

「好葉、アイドルのくせにアイドルに夢見過ぎじゃない?」

「いえ、千奈は昔から裏でも優しい子だったんです。雪名さんとは違うんです」

「私だって、裏では明るくて優しいって言われてるわよ」

「いや、雪名さんの場合は、裏の裏が表と同じで……えっと、んーと……なんか紛らわしいな」

 私は混乱してきた。雪名さんは小さくため息をついてカフェオ・レを口にすると、上品に首をを傾げながら言った。

「まあいいわ。あっちの話が終わるまで、そのヤンキーの如く人を脅しそうな彼女と、最近仲良くしている件について問い詰めさせてもらうわ」

「え?」

 問い詰められる覚えがないので、私は本気でキョトンとしてしまった。

「仲良くっていうか、一緒に配信ライブするんです」

「知らないけど」

「えー、結構SNSで宣伝したんだけどなぁ。結音も宣伝してますよ?雪名さん相互ですよね?」

「見てても機械的にイイネ押してるから内容なんて覚えていないわ。ちゃんとコメントとかやるのは白井さんだし」

 悪びれもなく言い放つ。

「でも好葉の酔っ払い写真はしっかり見たからね。私の前では酔わないのに……あんなに無防備な姿をSNSで披露されちゃったりして……。酔っ払って早川結音を踏んだりなんかしてないでしょうね」

「してません!」

 思わず声が大きくなってしまった。雪名さんに、シーッと注意される。

「大体、結音も私の足を狙ってるだなんて雪名さんの思い過ごしですからね!まあ確かに私に優しくしてたのは目的がありましたけど……でも全然違う話でしたよ」

 私が言うと、雪名さんは納得できないような顔をした。

「そう?私には感じるんだけどね。彼女と同族嫌悪的な何かを」


 雪名さんが一人首をひねっていると、ドン!と結音達がいる方から音が聞えた。

 思わずそちらの方を見ると、倒れた椅子の近くで、千奈が怖い顔で立ち上がっていた。




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