第44話 イジワル
「あれ?花水木組の千奈じゃない?」
他のお客さんで気付いた人がいたようだ。
「一緒にいるのって、早川結音?」
「なんか険悪っぽいよ」
「あー、やっぱ早川結音、花水木組と仲悪くなってるって本当だったんだ……」
「写真撮っちゃう?」
コソコソ言うお客さんに、私は気が気ではなかった。
写真撮られて変な風に拡散されたら、結音も気の毒だし、ライブが控えているこちらとしてもあまりにもよろしく無い。
私がオロオロしていると、雪名さんが帽子・メガネ・マスクに、さらに上着をギュッと着て立ち上がり、そして結音と千奈の方へ向って歩いて行った。
私も慌ててマスクをしてついて行く。
「行くわよ」
結音と千奈は、突然現れた妙にスタイルのいい不審者にかなり警戒した。しかし結音の方はやはりずっと共演しているからか、すぐに正体に気づいたようだ。
「花実さん……?」
「行くわよ。このままだとあなた達の喧嘩、拡散されるわ」
有無を言わせぬ女王様のご命令。それは二人にも効くようで、険悪だった二人は、すぐに支度をして雪名さんについて行くようにしてコーヒーショップを後にした。
ひと目のつかない通りまで行くと、雪名さんは帽子を外した。
「あ、花実雪名……さん」
千奈が驚いたように目を丸くした。
雪名さんは、千奈に優しい顔で言った。
「はじめまして。千奈さん、よね?さっきは急にごめんなさい。あなた達の写真を撮ろうとしていた子がいたから無理やり連れてきちゃった」
私がほとんど見たことのない優しくて無邪気な雪名さんのキレイな笑顔。
千奈は一瞬だけポーッと雪名さんに見惚れたようだったが、慌てて手を振った。
「いえ!寧ろありがとうございます」
「何があったか知らないけど、あまり人がいるところで騒がない方がいいわよ」
雪名さんは優しく言う。
「花実さんありがとうございます。ご迷惑おかけしました」
結音も丁寧に頭を下げる。そして、今度は私に向き合った。
「好葉もごめん。衣装持ってきてくれたんだよね?」
「あ、うん。今渡す?」
なんだか私はつい空気が読めないことを言いながら、Tシャツを手渡そうとした。
その時だった。
「好葉?」
千奈が鋭い声を発して私を睨んできた。私は急いで自己紹介をする。
「あ、そうです。LIP-ステップの牧村好葉です。覚えてますか?昔一緒によくライブハウスに出てたんだけど……。あ、あと今度結音と一緒に花水木組さんの曲使って配信ライブを……」
「だめよ?」
千奈がホワホワとした顔で言う。あまりにホワホワしているので、言われたことがよく分からなかった。
「え?えっと、だめっていうのは」
「花水木組の曲、使わせないって意味だよ」
「えっ?」
「千奈!!」
結音が鋭い声を出した。しかし、千奈はぷいっとそっぽを向いた。
「ワガママ言ってんじゃねえよ。つーか千奈が使わせないって言っても、もうちゃんと上の許可はもらってっから」
「そんなの知らない。だからもしかしたら私は許可出してないってネットで呟いちゃうかも」
「あのなぁ!」
「知らない知らない!」
千奈がブンブンと首を振って、そして私に向って指を指して言い放った。
「とにかく!私は知らないから!結音とのライブは諦めて!」
「ええっ!?」
私が驚いているスキに、千奈は走って行ってしまった。
「ふぅん、あれが裏でも優しい娘、かぁ」
雪名さんが何か言いたげに呟いてみせた。そんなふうな目で私を見ないで欲しい。
「悪い。千奈の事は気にしないで」
結音がそう言って、行き場のなくなっていたTシャツを受け取った。
「曲の使用許可は取れてる。問題ない」
「でも、千奈ちゃんが許可出してないとか言ったらさ、軽く炎上しない?」
「許可取ってるこっちには何の非はない。千奈が恥をかくだけ」
「それはそうだろうけど、あんまりトラブルを起こしたくない」
私は正直に言った。結音は面倒くさそうにため息をついた。
「じゃあ何?今から曲目変える?あんま日数も無いけど?」
「それも嫌だな。もうファンにいっぱい宣伝しちゃったし」
「じゃ、千奈の事は無視して」
決定事項のように言い放つ結音に、私は少しだけ口を尖らせた。
「無視できないよ。このライブは、私達にとってはツアーの宣伝だし、結音にとっては自分の売り込みでしょ?余計な炎上とかで台無しにしたくない」
「大した炎上にならないって。むしろちょっと注目されていいんじゃないの?」
「結音は莉子ちゃんと同じ事言うの?」
私の言葉に、結音は何も言い返さず、一瞬だけこちらを見た。
大きなため息をついた結音は、チッと小さく舌打ちをして言った。
「あんなコと同じって言われちゃ、プライドが許されねえわ。わかった。もう一回千奈と話するよ」
その言葉に、私はホッとして頷いた。
「早川さんは、あの子とは仲良し?」
それまで黙って、私達に興味が無さげにスマホをイジっていた雪名さんが、ふとたずねた。
結音は苦い顔をした。
「仲良さそうに見えました?あんなふうにいつも邪魔しようとして、千奈はイジワルなんだよ」
それを聞いて、雪名さん少しだけ首を傾げた。
「ふぅん。私には、早川さんにイジワルしてるんじゃなくて、好葉にイジワルしてるように見えたけど」
「私に?」
思わず私は聞き返したが、雪名さんは完全にもう興味を失って帰りたそうな顔になっていた。
ともかく、千奈の事は後で考えるとして、今日の用事だけで済ませよう
「とりあえず衣装は渡しちゃうね。Tシャツと、スカートと……靴は無しだよね?裸足だから」
「裸足!?」
急に雪名さんが大きな声を発したので、衣装の受け渡しをしていた私と結音は驚いて雪名さんの方を見つめた。
「裸足は、やめておきなさいよ。ほら、怪我したらどうするの?靴っていうのは、足を守る目的もあるのよ」
雪名さんは見たこともない顔で動揺していた。
「あー、大丈夫ですよ。使う予定のスタジオ、キレイですし。花水木組の初期って、結構裸足で踊るのがスタンダードだったんですよ。だから、やっぱ花水木組の曲やるなら、裸足だよねーって。ねえ結音」
「そうですね。まあ靴揃えるのも面倒ってのもあるけど。やっぱその方が古参のファンが喜ぶかやなって」
私と結音の言葉に、雪名さんはワナワナと震えている。
「でも、もし怪我したら……それに、そんな、好葉が裸足で踊るなんて……想像しただけでも……」
ボソボソとつぶやき続ける雪名さんを、結音はドン引きした顔で見ていた。
「ねえ、花実さん変じゃない?何であんなに怪我の心配してんの?」
「まあ、色々あるんですよ」
私は適当に誤魔化した。
雪名さんは、ふと顔を上げた。
「やっぱりあの直居さんの言う通り、花水木組の曲はやらないほうがいいんじゃない?」
「ひどい!」
私が口を尖らせて講義したが、雪名さんはぷいっとそっぽを向いてしまった。
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