第41話 お好きに捉えて

「そんなわけで、昨日酔った勢いで、そういう提案を早川結音としてしまいました」

 私が頭を下げながらそう言うと、爽香と奈美穂はぽかんと固まった。


 今日の夕方、次の配信動画の打ち合わせをするために、メンバーで事務所に集まっていた。赤坂さんは別の打ち合せで今日は欠席である。


 私が昨日結音に提案したことはちゃんと覚えている。でも、何であんな提案したのか分からなかった。少なくとも、爽香と奈美穂には相談しなきゃだめなのに勝手過ぎる提案をしてしまった。


「えーーっと……あの、先に相談しなくてごめん。勝手な事を」

 私がしおしおと謝ると、二人は、プッと吹き出した。

「そんな凹まなくていいよー。そりゃ勝手に決めたのは問題かもしれないけど。いつも真面目な好葉が、そんな酔った勢いでとかちょっとウケる。たまになら許す!」

「そうですよ。別に犯罪起こしたわけでもないですし。他の人とコラボなんで、変な企画でも無いじゃないですか。でもその、赤坂さんが前に言ってたアイドルファンにアンチがどうのこうのが気になるのですが……」

「うん、その、それならとりあえず考えがあるんだけど……」

 私が二人になだめられているちょうどその時だった。

「よろしくお願いしまーす」

 と明るい声がした。

「早川結音です。打ち合せにきました。よろしくお願いしまーす」

 満面のアイドルスマイル。結音が可愛い顔でやってきた。


「どうぞようこそLIPの配信会議へ〜。いいんじゃない?今度の配信、ライブ!それも早川結音がゲスト出演!」

 結音を席に座らせるなり、爽香が明るく言った。

「えっと、早川さんの方の出演は、事務所的にオッケーなんですか?あと、ギャラとか。うち配信はあまり予算使えないんですか」

 奈美穂が真剣な顔で聞いてくる。確かに、かなり大事なことだ。結音は笑って答える。

「事務所は配信ライブについては全然オッケーでてるよ。むしろ友情出演ってことでギャラとか無しでいいし」

「ま、マジですか……それって、早川さんに何のメリットが?」

「んー、宣伝かな?私はまだアイドルの仕事出来ますよーっていう」

 結音はそう言いながら、あっけらかんと続けた。

「皆も知ってるでしょ?私が花水木組脱退する時に、『アイドルなんか踏み台だ』って言って、その音声がネット流出して炎上したやつ。あれで、全然歌の仕事来なくなっちゃったのよね〜」

「あれって……本当なの?」

 爽香がたずねると、結音はニッコリと笑って答えた。

「お好きに捉えていいよ」

 結音はそう明るく言うと、その話題はもう言わせないとでも言うようにパチンと手を叩いた。

「さて、打ち合せ、進めようか?」


「えっと、私が結音に提案したのは、昔、私達LIP-ステップと花水木組がライブハウスで対バンしたり共演した時にやってた事の再現です」

 私はそう言って、昔のライブデータをパソコンで開いた。

「私達と花水木組がライバル扱いされてた頃、よく曲の交換とか、メンバーシャッフルとかしてたでしよ?あれをしようと思って。だから、最新曲は歌わない。あえてあの頃のライブのスタンダード曲をやるの。私達は花水木組の曲を、結音は私達の曲を。多分古参のファンなら喜ぶんじゃないかな」

「花水木組の曲の使用許可は取れるの?」

「そこは大丈夫。根回しはしてる」

「早っ」

 結音の本気具合に、爽香なんかは少し引いていた。

「新規のファンは置いてけぼりにならないですかね。あの頃の曲、最近全然ライブでやらないからわからない人もいると思いますよ」

「ん〜、まあねぇ」

「でも逆に考えると、昔の曲も聞いてもらえるチャンスじゃない?」


 話し合いは進んでいく。ふと、奈美穂が結音に向き合って、真面目な顔で言った。

「これって、花水木組の曲は披露できるけど、早川さんのソロ曲とかは全然やらない方向になってますけど、いいんですか?」

「別にいいけど」

「早川さんのメリット、ほとんどない気がするんですが」

「だから言ったでしょ?宣伝だって」

「どうして?どうしてそこまで歌にこだわるんですか?」

「どうしたの?奈美穂」

 いつもの気弱な奈美穂ではない。奈美穂は少し怖い顔をしている。

「私、今回共演するならちゃんとはっきりさせたいんです。アイドルは踏み台だって思った事無いなら、何で音声が流出してるって噂立ってるんですか?お好きに捉えていいって言ってましたが、私はそこをはっきりさせないと、早川さんとはできないと思っています」

 奈美穂の言葉に、結音はアイドルスマイルを崩した。そして、奈美穂にガンを飛ばすように睨みつけた。しかし、奈美穂も負けじと睨み返す。私は奈美穂の胃が心配でオロオロしていた。

 しばらく二人共黙ったまま、固い空気が流れていた。

「私さ、アイドル好きなんだよね」

 結音が、ボソリと口火を切った。

「可愛い衣装着てさ、明るい曲歌ってさ、スポットライト浴びて。そうすると血が滾るっていうかさ。本当に好きなんだ。歌の仕事、したいんだよね。これは、マジ」

 結音はそう言って、奈美穂をじっと見つめた。

「でもそれ以上は言えない。言わない契約だし」

「契約?」

「うん」

 結音の真面目な顔に、奈美穂は少し考え込み、そして頷いた。

「じゃ、いいです」

「いいんだ。これで」

 結音は少し苦笑した。

「もっと追求されるかと思ったけど」

「アイドルが好きってハッキリ聞けたのでいいです。これ以上の追求は、私の胃が耐えられないと思います」

「奈美穂、やっぱり追求するの怖かったんだね……」

 私は急いで、よしよしと奈美穂を抱きしめて撫でてあげた。

「何かよくわかんないけど、悪かったね、怖がらせて」

 結音はバツが悪そうに頭をかいた。















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