第40話 我が強い
「別に、私はステージに立ちたいだけ。花水木組脱退してからほとんど歌の仕事は無くなっちゃったからさ」
結音は面倒くさそうに言った。追加注文で来たビールを飲みながら冷奴をぐりぐりと潰す。
「ぶっちゃけソロ曲全然売れてないさ、マネージャーには歌の仕事全然入れてもらえないし。だったら自力で営業してやるって思ってさ」
潰された冷奴が液体になっていくのを見つめながら、私は恐る恐る言った。
「その、営業とは」
「とにかく、売れそうな、今来てそうな若手にコバンザメしてやろうと思って。こっちは歌が歌える、あっちは私の知名度で客寄せできる、ウインウインでしょ?」
ドロドロになった冷奴を、容器を持ち上げて飲み込むのを見て、美味しく無さそうな食べ方だな、と全然関係無いことを私は思った。
「ねえ聞いてんの?そっちがしつこく聞いたんだからね」
「は、はい、聞いてます!」
私は慌てて結音の冷奴から目を放した。結音は続ける。
「正直花実さんからLIPの話出るまで、ああ、そんなグループいたなぁくらいの気持ちをだったけどさ、後で調べて見たら、なんかそこそこ売れそうな匂いしてさ。とりあえず一番我が強そうな好葉に接触……」
「ちょっと待って!」
私は思わず話を止めた。
「私、一番我が強そう?」
「そうでしょ?莉子の爆弾発言後に荒れてる観客煽りまくったってファンのライブレビューに書いてたし?映画の撮影の時も、花実さんに靴ぶつけといて平気で続けてるし」
「それは、そ、そうだけど……。真面目すぎとか、遠慮しすぎて焦らしプレイとか言われてる私が我が強いって……」
「焦らしプレイ?」
結音が怪訝そうな顔をしたので急いで言い訳する。
「あ、ごめん。褒められたのが嬉しくて話遮っちゃった」
「褒めてないけど、一切」
結音は白けた顔で私を見てくる。え?褒めてたよね?私は首をかしげる。
「え、何かキモ」
結音は面倒くさそうに目をそらしてしまった。結音が何も言ってくれなくなったので、私はとりあえずお酒を飲み続けるしか無くなった。
「ねえねえ、私達の事売れそうってさっき言ったよね?どんなとこ?ねえ」
時間が経って、ちょっと酔っ払ってきた。私は結音にかなり絡んでいた自覚は多少ある。
「あー、もう。面倒くせえな」
「ねえー教えてよー。やっぱり外部からのご意見聞きたいじゃーん」
「うるせえ、もう会計するからな」
結音がたちあがったので、私は不貞腐れる。
「もう一軒行こうよー。聞かせてよー」
「何よ、あんた達最近そこそこ認められてるでしょ!?何をそんなに欲しがるのよ!」
「そこ!その、そこそこ認められてる具体例を詳しく聞きたいの。最近二十歳過ぎた売れないアイドルは需要無いだの言われたり、1年目の若いアイドルに完敗するし……」
私がグチグチ言っていると、結音はハァ、とため息をついた。
「あー失敗したわ。何でこんなクソ面倒くせえ奴にちかづいたんだろ。あんた、絶対に酒で失敗したことあるでしょ」
「人様に馬乗りになって顔を踏みつけようとしたことくらいならあります!」
「ヤベェ奴じゃん」
そう言って、結音は私の首根っこを掴んで立ち上がらせた。
「さあ帰るよ」
「ねえ、いい事思いついた!結音、ライブ、しようよー」
「はっ?」
私のぼやっとした提案に、結音は勢いよく聞き返した。
「ライブ?でもツアーは断ったじゃない」
「ツアーは、色々事務所も気合い入ってるから勝手な事できないけどぉ、うちらよく配信ライブやるんだけど、それは結構自由にやらせてもらえてるからぁ」
「配信……」
結音は目からウロコのような顔をして、私の首根っこを離した。そしてまた可愛い顔になって言った。
「ねえ、まだ会計はしないで、デザートでも食べよっか?」
「食べる〜」
「ゆっくり食べよう。そして、ゆっくり話しようよ。LIP-ステップのイケてるとこもいっぱい話してあげる」
「わぁ〜い」
「でね、その配信ライブの話も詰めようか。後で酔っ払ってて覚えてないなんてこと言わせないようにするからね」
「私がそんな事言うと思う?」
「人に馬乗りになったことがある人は、そんな事言うと思うわ」
そう言って、結音は優しく私を撫でてきた。
私はぼんやりと酔っぱらいながら一つだけ確認したいことがあってたずねた。
「結音は……歌いたいんだよね?ブーイングされてまでも、ステージしたいんだよね?」
「ふん、やっぱり知ってたんだ。ま、そうね」
「じゃあ、アイドルが踏み台だったなんて思ってないよね?」
私の問いに、結音は一瞬だけ黙って、そして静かに力強く答えた。
「そんな事、思ったことない。一度も」
「そっか」
それを聞くと私は安心して、デザートメニューを開いた。
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