第39話 使えない
その日結音が誘ってくれたお店は、個室有りの大衆居酒屋だった。
「こういうお店、嫌?」
「全然。むしろ気楽で助かる」
私は笑いながら掘りごたつのある個室に入った。靴を脱いだ私を見て、結音は少し驚いたように言った。
「え?靴小さっ!今気づいたけど、好葉って足凄い小さくない!?」
「ん、19センチなんだ」
「え?19?待って、小学生でももう少し大きいよね?わあ、踏んづけられても痛くなさそう」
「ふ、踏んづけたりなんかしてない!」
「え、わかってるけど」
結音のキョトンとした顔で、私は慌てて、いやその、とモゴモゴと誤魔化した。もう、さっき雪名さんが余計な事をいうから……。
「うわ、可愛い靴!どこで売ってんのこれ」
結音は私のパンプスを持ち上げた。
「これはオーダーメイドしてもらったの。あと、普段履いてるのは、ファンから貰った」
「え?ファンから?」
結音は怪訝そうな顔をした。
「それ、大丈夫なの?追跡のやつとか靴底に隠されてたりしない?結構ぬいぐるみとかに盗聴器仕掛けられたりとかあるから気をつけて」
「一応、全部贈り物は事務所がチェックしてくれてるよ」
それに、トモさんはそんな事しないもん。
私が言うと、結音は、じゃあいいけど、とメニューを開く。
「SNS上げるから、とりあえずいい感じの私に選ばせて。ちょっと庶民派気取りたいからさ。あえてちょっとおっさんくさいの頼みたい」
正直な物言いにちょっとだけ私は笑ってしまった。
「じゃあ焼酎とか頼む?」
「私焼酎飲めないんだよね。そこはビールで良いでしょ」
結音はそう言いながら勝手に色々頼んでいく。
タコワサとビールが届いて乾杯し、結音からレクチャーを受けながら私もSNS用の写真を録った。結音から教わったことを、今度雪名さんにも教えてあげようっと。
「今アップしたらだめだからね。飲んでる場所特定して来るやつもいるから。今は居酒屋で飲んでまーすくらいのテキストだけにしとくんだよ」
ネットリテラシーまで教えてくれる。
「そう言えば、映画は順調?」
私が話題を振ると、結音は渋い顔をした。
「まあ。うん、順調順調」
順調じゃなさそうだ。やっぱりたくさんやり直しを食らってるんだろうか。
「そんな事より、好葉の方はどう?ツアー埋まりそう?」
「あー……うーん。埋まったり埋まらなかったり?」
私も渋い顔をしてしまう。
「やっぱり私ゲスト出るよー。ちょこっとならスケジュールも開けれそうだし」
「あ、あ、ありがとう……なんだけど……」
どうしよう。私は一生懸命言葉を選んだ。
「あの、何か、マネージャーに提案はしてみたんだけど、やっぱり同じ事務所の先輩か誰かに頼もうかって話が出てて……」
「あー、そっかぁ」
結音はそう残念そうに頷くと、ビールを思いっきり飲み干した。
ジョッキをテーブルに置く、ダンっ、という音が響いたと同時に、結音は顔を勢いよく近づけてきた。
「それ、嘘じゃねえよな?」
「は、はひっ!?」
「本当にマネージャーに提案してくれたんだよな?んで、断られた理由は事務所が違うから、ってことなんだよな?」
完全にガンを飛ばされた状態で、私は赤ベコのようにコクコクと頷いた。
「う、嘘じゃないです!」
嘘ではない。ちゃんと赤坂さんに言ったし、で、赤坂さんも初めは事務所違うしなーって言い渋ってたし。
「じゃ、いいけどね」
コロッと結音は可愛い顔に戻って、何事も無かったかのようにビールのおかわりを注文している。
ヤンキーが……。結音からヤンキーが顔出した……。
そして、結音がメニューを見ながら、チッ、使えねえなぁ、と小さく呟いたのを私は見逃さなかった。
「使えねえ、ってどういう事」
私は思わず聞いてしまった。
ヤバい、と思った時にはもう遅い。結音はギロリとこちらを睨んできた。
「いや、あの、その……。あはは、何が使えないのかなぁって……」
すぐに日和ってしまう自分が情けない。
愛想笑いする私に、結音は大きなため息をついた。そして意外にも頭を下げてきた。
「ごめん。使えない、は悪い言葉だったわ。つい焦っちゃって。忘れて」
そう言って、バツが悪そうに顔をそらした。その様子に、私はつい更に問いかけてしまう。
「私に、何か利用価値あったの?」
「忘れてって言ったじゃん」
「ごめん。その、何て言うのかな。私の利用価値が知りたくて。私の何が使えると思ってたのかなぁって」
私はモジモジと言った。売れてないアイドルに、どんな利用価値を見出してたのか、気になってしょうがないのだ。
「……変なの」
結音は面倒くさそうに呟いた。
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