第38話 ウトウト
「だから言ったじゃない。あの子も好葉の足を狙ってるのよ」
雪名さんが、私に足を踏まれながら偉そうに言い放った。
ここは白井さんの車の中である。
今日はネット番組のゲスト出演があり、収録終わりにスマホを見ると、今近くにいるからちょっと踏みに来いと雪名さんからのご命令が入っていたのだ。
迎えに来た白井さんの車に乗り込み、人気の無い駐車場に連れていかれた。
そして今このように足を踏ませて頂いている。
「悪いわね、急呼びだして。今日はクソ面倒な奴を相手にしなきゃいけない飲み会だから、どうしても飲む前に踏んでもらいたくて」
雪名さんは、人をキャベジン扱いしながら、全く悪いとは思ってい無さそうな顔で言った。
「あー……もう少し強く……。踵使って」
「踵……痛くないですか?」
「バカね。痛くしてほしいんだけど」
雪名さんはキッと睨んでくる。
「さっきの話に戻るけど。好葉、早川結音にあんまり気を許すんじゃ無いわよ。絶対に何かあるわ。あの子は人のために自己犠牲なんかするタイプじゃないでしょ」
私が何となく話した先日の事を聞いた雪名さんは、バッサリと言い放った。
「芸能界の友人なんて信用しないことね。利用し、利用され、なんてよくあることよ」
「何か、それは寂しい」
私はそう呟いた。やっぱり私達にだけ優しかったのは何かあるんだろうか。自分がブーイングされたことがあるのにゲスト出演を提案したのも、私達の何かを利用するためなんだろうか。
私達にそこまでの利用価値があるとも思えないんだけど。
あと多分私の足が目的だっていうのも十中八九違う。そうであって欲しい。
「そう言えば、今日結音とこの後一緒にご飯食べる約束してて」
私がふと言うと、雪名さんはピクリと眉をひそめた。
「ふーん、楽しそうね」
全然そうは思っていなさそうだ。
「で、でも雪名さんも飲み会なんですよね?」
「ほぼ仕事みたいなもんよ。愛想振りまいて、おべっか言い合って、くだらない仕事論に相槌打って。つまらない恋愛話にキャーキャー言って……」
そこまで言うと、雪名さんは大きなため息をついた。
「明るくて優しい裏・花実雪名の演技の仮面、脱げないようにずっと頑張らないといけないんだもの……」
「そこまで、しなくてもいいんじゃないですかね」
私は何となく言った。
「その、そりゃ雪名さんの素は、キツイですけど、万人受けは無いかもしれないですけど。でも私は嫌じゃないですよ。私みたいな人、結構いると思うので、もう少し、その、芸能界の友人、信じてちょっと素を出してみてもいいんじゃないですかね」
言ったあと、ふと雪名さんを見ると、何も言わずにただ目をつぶって考え込んでいる様子だった。
「すみません、なんか偉そうな事言って」
慌てて私が言うと、雪名さんは、え?と言いながら目を開けた。
「ごめん、ちょっとウトウトして聞いてなかったわ」
「そうですか。お疲れのようで」
ガックリと力が抜けた。
ある程度雪名さんが満足するまで踏み、時間がないから今日は自分で手入れして頂戴、と高級オイルを渡されて車を降りた。
ラベンダーの香りをカバンにしまい込みながら、雪名さんが飲み会でストレスを貯めてまた呼び出されることがないように祈るしか無かった。
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