第三章 ライブ編②
第36話 ヤンキー
※※※※
「ライブもいいけど、やっぱりテレビの照明とかセットもまた凄いね!」
その日、爽香はさっきの撮影の興奮まだ冷めやらぬようで高揚感たっぷりの口調になっていた。
今日はバラエティではなく歌番組の収録でテレビ局に来ていた。
新進気鋭のアイドル特集スペシャル、ということで、深夜帯ながらゲストとして呼ばれたのだ。
「今日はマジでいい感じに踊れた!ふふ、ファン増えちゃうなー」
爽香は上機嫌で衣装から元の私服に着替えていた。
しかし奈美穂は少し不安げな顔をしている。
「今日一緒に出演してた、『アップルリング』って、結成1年目のアイドルなんですってね。1年目でテレビ出れるんだ……。なんか焦っちゃいません?」
「わかる」
私は奈美穂に完全同意した。
「ピチピチしてたなぁ。元気だったなぁ。まだ中学生の子もいたらしいよ」
「ちょっと、やめてよ二人共。せっかくの気持ちが萎える!良かったよね?ほら、早速今日の収録の事SNSアップするから、写真撮るよ!」
爽香に無理やりほっぺを引っ張られて笑顔を作らされる。
「痛い痛い、自力で笑えるからぁ」
仲良く写真を撮って楽屋を出ると、向こうから見慣れた顔がやってきた。
「あ……」
あからさまに気まずそうな顔をしてきたその相手は、莉子ちゃんだった。
「お久しぶり。えっと、あの日ぶりかな?」
「ああうん、そうだね」
テレビ局の廊下で気まずい空気が流れる。爽香がその空気を打破しようとして明るくたずねた。
「私達今日歌番組の収録だったんだ!莉子ちゃんもお仕事?」
「ああ、そうね。私、レギュラーがあるから」
素っ気なく莉子ちゃんは答える。
「え、そうだったの?何の番組?」
「別にいいでしょ」
莉子ちゃんは答えたくない様子だ。そう言えば、前に赤坂さんが、あの事件後、莉子ちゃんにゲスい暴露型番組からオファーがあったと言っていたが、それだろうか。
「そういえば体調は大丈夫?赤ちゃんもいるんだし、無理しないでね」
「まあ、でも稼げるうちに稼がないとだからね」
莉子ちゃんはそう言うと、私達に向かって、笑ってみせた。
「そう言えば、そっちは歌番組だったんだ?」
「うん」
「私のおかげ、じゃない?」
「うん?」
私は莉子ちゃんが何を言いたいのかわからず、キョトンとして反応できなかった。
「だって、LIP達も、私の結婚発言の後の事件で結構注目されたでしょ?今ちょっとキテルのって、元を辿れば私のおかげじゃない」
「それ、は」
莉子ちゃんの言葉をすぐに否定したかった。やめてよ。あの後どれだけ怖い思いしたと思ってるの?私達は頑張って今テレビに来れたんだよ。……でも完全に否定できないのが歯痒くて悔しい。
「違います」
私が黙っていると、奈美穂がボソリと言った。
「違います。あの後、莉子ちゃんのあのステージの後、好葉はステージの空気を変えるために頑張りました。それをSNSで発信してくれた人がいっぱいいました。それのおかげです」
「奈美穂……」
「ふーん」
私が勝手に感動している横で、莉子ちゃんはつまらなそうに鼻を鳴らした。
その時だった。
「何?明らかに嫉妬じゃん?あの件さえなきゃ、自分もアイドル特集出れたのに、とか思ってんじゃねえの?」
後ろから声がして振り向くと、結音が立っていた。
そう言えば、入り時間は違っているけど、結音もソロとしてアイドル特集のゲストだったはずだ。
結音の発言に莉子ちゃんは嫌そうな顔をした。
「そんな事思ってないけど」
「ならいいけど。つーか、テメエみたいに仕事ぶち壊す奴なんて、使いたいテレビマンなんてほとんどいねえだろうしな。せいぜい今のレギュラー番組に尻尾振っときな」
雪名さんのキツイ性格が女王様に例えるならば、結音の性格はヤンキーだ。
意地悪な結音の言い方に怒った様子の莉子ちゃんは、黙ってサッサと立ち去っていった。
「大丈夫だった?意地悪言われてたみたいだけど」
さっきのヤンキーはどこに行ったのかと思うほど優しい顔になって、結音は私達に向き合った。奈美穂なんて、ドン引きして胃痛を起こしかけている。
「ううん、別に気にしてないよ。どっちかって言うと……」
どっちかって言うと、莉子ちゃんの方が、結音の口撃に相当ダメージ受けたんじゃないだろうか。
「私、ああいうの、大っきらい。もっと言ってやりたかったけどね。まあ妊婦らしいし、あんまりストレスかけるのも悪いから手加減せずにはいられなかったけど」
「手加減……」
手加減しなかったらもしかして手が出てたんだろうか。私はぼんやりとそう思った。
「ありがとう、言い返してくれて」
「いーのいーの」
結音は笑う。なんだか私達にだけ優しいのが少しだけ怖い。前に雪名さんが、「何か目的があるかもしれない」とか変な事言ったせいだ。でも、キツく当たられるよりはましだし、いっか。
「結音はこれから収録?」
「そう。新曲だから緊張するよ」
そう言って結音は、ほら、とわざとプルプル震えてみせた。
「私ね、ステージ好きなんだよね。歌の仕事久々だから頑張んなきゃ」
「女優さんの仕事増えてますもんね」
「ありがたいことだけどね」
結音は少しだけ寂しそうに肩をすくめた。
なんで今、寂しそうな顔をしたんだろう。私はふと疑問に思ったが、すぐに結音はいつもの気の強い笑顔になって、じゃあまたね、と行ってしまった。
「早川結音、やっぱキツイ人だけど、多分いい人だよね」
爽香が結音の後ろ姿を見送りながら呟いた。
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