第35話 嫉妬②

「とりあえず一端踏むのは休憩して、夕飯でも食べましょう」

 そう言って、雪名さんはキッチンに立った。

「え、もしかして雪名さんの手作りですか?」

「私の手作りは食べられない?」

「まさかまさか!!」

 むしろ興味津々だ。

 雪名さんは、冷蔵庫から何やらボウルを取りだすと、大きな鍋でパスタを茹でだした。

「パスタソースはさっき作っておいたから、すぐ出来るわ」

 手慣れた手付きでサクサク準備していく様を、私はうっとりと見つめていた。


 出来上がったのは具沢山の海鮮パスタだった。

「凄い。パスタソースも手作りですか?お店みたい!」

「白井さんの実家が漁師らしくてね。たまにお裾分けされるの」

「いただきます。……やだ、美味しい!」

 私の言葉に、雪名さんは満足気に頷いた。

「やだぁ、幸せー」

「大袈裟ね。まあ、お礼は後でたっぷり貰うから」

 そう言って、雪名さんは私の足を見つめた。

「夕食後に踏んだら、食べたもの出てきそうで怖いんですけど」

 一応抗議してみたけど、雪名さんは無視して食事を続けた。

「そう言えば、会えなかった間、ストレス溜まったらどうしてたんですか?やっぱり子供用靴下ですか?」

 私は、雪名さんの本棚にナチュラルに置かれてある子供服のカタログを見てたずねた。

 雪名さんはパスタを巻きながら答えた。

「ストレスがひどいときには、白井さんにお願いしてたわ」

「え?白井さんに、何をお願いしてたんですか?」

「踏むのをよ」

「えっ?白井さんに踏まれてたんですか?」

「そんなに驚く事無いじゃない。好葉に出会う前は、白井さんにお願いしてたんだから」

 衝撃の事実!

「なるほどー。最悪私じゃなくてもいいんだ。そっか、そりゃそうか」

 ウンウンと一人頷いていると、雪名さんが首を傾げた。

「好葉、もしかして白井さんに嫉妬してる?」

「はえ?」

 雪名さんの言葉に、私はぽかんとした。

「嫉妬、では無いんじゃないかと」

「好葉、白井さんはあくまでも一時的なものだから。私は好葉の足一筋だから安心して」

 雪名さんは、浮気の言い訳のような事を言ってくる。

「好葉の足を体感したら、もう二度と他の人の踏みつけでは満足出来ないのよ。絶対に目移りすることは無いから余計心配しなくていいのよ」

「いや、別に心配とか……」

 違うんだけど。でも雪名さんはなんだかさっきより上機嫌になっているみたいなので、あんまり否定してまたご機嫌を損ねるのも面倒だ。そういうことにしておこう。

 私はそう思いながら、パスタを巻き取った。


「それにしても、好葉も忙しくなるのはいい事なんだけど、私を踏みに来なくなるのは気に入らないわね」

 雪名さんは皿を片付けながら文句を言った。

 片付けは私がやると申し出たのだが、「この食器、WEDGWOODで四万くらいするやつだけど割らない自信ある?」と問われたので、すごすごと辞退させて頂いのだ。

「でね、ちょうどこのマンション、今空きがあるみたいなんだけど、好葉、そこに引っ越せばいいと思わない?」

「はっ!?」

 ぼんやりと片付けをする雪名さんの姿に見とれていて、私はすぐに反応出来なかった。

「どうして、いや、無理ですよ、私の給料いくらだと思ってるんですか!?こんなマンション住めるわけないです!」

「家賃くらいなら別に私が出してもいいけど。必要経費よ」

「いやいや、必要経費オーバーですって!てか、急に私がこんなマンションに引っ越したら、赤坂さんも、爽香も奈美穂もびっくりしちゃう。ファンに知られたら、怪しいパトロンでもいると思われますって!」

「私が怪しいパトロンだとでも?」

「いや、そういう話じゃなくて!」

 私は、小さくため息をついて落ち着くと、雪名さんの顔をしっかり見つめて言った。

「確かに、雪名さんのお部屋の近くに住めば、色々合理的なんでしょうけど。でも、雪名さんに家賃を出してもらうわけにはいきません。私のちっぽけなプライドですけど、私、頑張るので、せめて自分のお給料で払えるまで待ってくれませんか?」

 雪名さんと同じ立場になるなんてなかなか難しいかもしれないけど、目標の一つだと思えば頑張れるかもしれない。

 私の言葉に、雪名さんは「そう」とちょっと残念そうに言ったが、すぐに素っ気ない顔で頷いた。

「まあ、そうね。それがいいかもしれないわね。じゃ、好葉がきっと売れてこのマンションに引っ越して来てくるのを楽しみにしてるわ」

「そうです……ね?」

 あれ?いつの間にか雪名さんのマンションに引っ越すことには了承してしまっている……?

 気づいた時にはもう遅くて、雪名さんは「まあ、焦らしプレイには慣れてるわ」と微笑んでいた。

 まあ、しばらくは無理だろうし別にいいか。


 食事の片付けが終わって、雪名さんが以前買ったピンヒールパンプスを取り出してきた。それは身体に穴が空くと必死で訴えてそれを使うことだけは勘弁してもらい、いつもの土下座スタイルを踏みつけ、いつものようにマッサージをされる。


「仕事、頑張りなさいよ」

 帰り際、雪名さんは言った。

「はい、頑張ります」

「あと、結音にも気をつけて」

「は?」

「グループの中であなただけを誘ったんでしょ?きっと何か目的があるわ。例えば、結音も好葉の足を狙ってるとか」

 雪名さんみたいな性癖一人で十分です、と思ったけど私は大人しく「ソウデスネ」と言って雪名さんのマンションから帰った。



第二章 映画編 完

第三章へ続く……

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