第34話 嫉妬
※※※※
映画スターライトブーケのライブシーンの撮影から二ヶ月程経った。
その間一度も雪名さんに会うことは無く、土下座することは叶わなかった。雪名さんから踏むことの要望はあったが、スケジュールがどうしてもお互いに合わなかった。
雪名さんが忙しいのは当たり前で、今までは雪名さんの仕事の僅かな空き時間に呼び出されていたのだが、今は私の方もちょこちょこと仕事やらレッスンやらが入ってしまい、不遜にも呼び出しをお断りせざる得なかったのだ。
「迎えにきてもらってすみません」
ようやく雪名さんの休みと私の休みが合った日の夕方、白井さんがわざわざ私の仕事終わりに迎えに来てくれた。
「いいのよ。こっちが頼んでるんだから。最近、仕事の他に飲み会やパーティも重なっちゃってね。雪名はああいうの、仕事よりストレス溜まっちゃうのよ」
ため息をつきながら白井さんは雪名さんのマンションに向かった。
「雪名、入るよー」
合鍵で白井さんが雪名さんのマンションに入ると、優雅にソファに座っている雪名さんが、少し不機嫌な顔で待っていた。
「白井さん、好葉連れてきてくれてありがとう」
「いいえ。牧村ちゃん、帰りはタクシー使って。雪名が出してくれるから」
「すみません、何から何まで」
私が頭を下げると、白井さんは手を振って帰って行った。
「お久しぶりです」
「そうね、なかなか会えなかったわね」
雪名さんはちょっと不貞腐れたようにそっぽを向いた。何回も断ったからやっぱり怒っているんだろうか。そう言えば、映画撮影の時に靴ぶつけたのもまだ土下座してないし。
「すみません、あれからちょっと微妙にタイミングが合わなくていつも雪名さんの誘いを断ってしまって」
「別に。仕方ないじゃない。忙しいことは悪いことじゃないわ」
「えっと……あと、前の映画撮影でお邪魔した時、靴ぶつけてすみませんでした」
「そんなの、別にいいって電話でも言ったでしょ」
雪名さんは素っ気ない。
なんだろう。なんで不機嫌なんだろう。
私はよくわからなかったが、まあ女王様のご機嫌は気まぐれなんだろうと自己解釈することにした。
「えっと……とりあえず踏みますか?」
私がたずねると、雪名さんはコクリと頷いた。
いつも雪名さんは、踏んでもらう時に土下座スタイルになるのだが、今日はソファの上から動こうとしない。どうすればいいんだろう。まさかこちらから、今日は土下座しないんですか?とは聞けないし。
「このまま踏みなさい」
「このまま?」
私は聞き返して、そしてまじまじと雪名さんを見つめた。
綺麗な脚を組んで、立ったままの私を見上げる雪名さん。ああ、睫毛長くてキレイだな、と何となく思った。
とりあえず、雪名さんの足を踏んでみると、「そこじゃない」と不機嫌そうに言われた。
「えっと、じゃあどうすれば……」
教えを請うようにたずねると、雪名さんは、私の手をとった。
「ソファの背もたれに手をついてバランスを取っていいから。胸の方を踏んで」
「む、胸ですか」
「顔のほうがいい?」
「いえっ!胸で行かせて頂きます」
私は恐る恐る雪名さんの肩の脇の辺りの背もたれに手をついて、そしてそっと雪名さんの胸に足で触れた。
「強くしなさい」
「い、痛くないですか?」
「そんな優しい触り方だと、かえってイヤらしいわよ」
「それは失礼しました」
私は慌てて力を入れる。あまり大きくは無いけど形のいい雪名さんの胸を足蹴にしている背徳感で身体が震えそうになる。
「この息苦しさがいい……」
「い、息苦しいんですか?」
「足の力、弱めたりなんかしたら許さないわよ」
「は、はい」
私は再度足に力を入れる。
少し苦しそうな、しかし恍惚な表情の雪名さんは、手を伸ばして私の頬に触れた。
「そう言えば、早川結音と遊びに行ったんですって?」
「え?ああ、結音ですか?ええ、何回かメッセージやり取りして、飲みに行きました」
あの日、結音からメッセージが来てから、ちゃんと連絡先を交換して、可愛らしいバーに連れて行ってもらった。初めは敬語で話していたけど、途中から、敬語やめて、名前も呼び捨てでいいと言ってくれた。
結音は思った以上に話しやすくて楽しかった。
「早川結音のSNS見たら好葉がいるんだもの。驚いたわ」
「えへへ、オシャレSNSにお邪魔しちゃいました」
「ふうん、楽しそうで良かったじゃない」
雪名さんの顔は全然良さそうな顔をしていない。
「私の誘いは何度も断って、早川結音とは遊んでたのね」
「え、だって、雪名さんこの時期、雑誌の撮影で海外に……」
「は?別に一緒に加わりたかったとかじゃ無いけど」
「あはは、ですよね」
私は笑って見せる。ちょっと雪名さんが何を言いたいのか分からない。
雪名さんは、一瞬顔を伏せて言った。
「ほら、例えば、私が今度から好葉じゃなくて早川結音にキラキラ女子について教えてもらうことにするわ、って言ったら嫌でしょう?」
「え?いいんじゃないですか?結音のSNSすっごく良いので……いでででで」
雪名さんは私に踏まれたまま、私の頬を軽くつねってきた。
「なんでぇ?痛いですぅ」
「踏まれて痛いのはこっちなんだけど」
「じゃあ弱く……」
「弱くしたら許さない」
「えー…」
なんか今日の雪名さんはよく分からなくて我儘だな。
……まさか、いや。
「えっと、雪名さん、もしかしてですけど、私が雪名さんと会わないで、結音とは会ってたことに……ええっと……嫉妬、してます?」
「はぁ?」
雪名さんが冷たい目を向けたので、私は慌てて失言を訂正する。
「ごめんなさい。違いますよね、まさか雪名さんが私なんかに。あはは、調子乗っちゃいました」
真っ赤になってそう言った瞬間、私はグラリと片足のバランスを崩してした。
「キャッ」
ちゃんと受け身が取れずに、座っている雪名さんにダイブしてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「もう、落ち着きなさいよ」
雪名さんは私をかかえて隣に座らせた。
「すみません、変な事言った自分が恥ずかしくなって」
「私が嫉妬してるって事?」
「すみません、忘れて下さい。そんな訳ないのに」
「そうね、そんな訳無いわ」
雪名さんは素っ気なく言うと、私の足をさすった。
「そんな事どうでもいいわ。足に怪我はない?」
「無いです。雪名さんこそ、私に潰されて大丈夫でしたか?」
「平気よ。でもやっぱり足以外で潰されても全然良くないわね」
雪名さんは相変わらずだ。私はなんだか力が抜けてしまって少しだけ笑った。
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