第33話 噂話

 赤坂さんから、車をライブハウス裏に停めてあるから早めに来るように連絡が入って、私は慌てて帰り支度をして裏口に向かった。

 爽香と奈美穂はもう先に行ってしまったらしい。

 急いで廊下を走っていると、トイレ休憩らしいエキストラの人が数人楽しそうに話をしている声が聞こえてきた。

「やっぱり時間かかるね〜。撮影って」

「さっきの、知らないアイドルだったけど、案外良かったんじゃない?」

 案外よかった、の評価に、私は少しだけ胸を撫で下ろす。

「てか、正直俺、アイドル役って花水木組がやると思ってちょっと期待してたんだよねー。ほら、早川結音も映画出るしさ」

「いや、花水木組は無いでしょ。知らないの?早川結音との確執」

「ああ、結音が脱退する時に、『アイドルなんて私のキャリアの踏み台だから』ってメンバーに言い放った、ってやつだろ?あれ本当かぁ?」

「さあね。ネットではもう常識レベルらしいけど」

「へぇー。あ、てかさ、次の撮影ってさ……」

 エキストラの人達の話は、サッと次の話題に移ってしまった。

 私も彼等が、話していた噂をネットで目にした。

 音声まで出ている、とのことで、ほぼ事実として受け止められているようだ。

「そんな人だったかな?早川結音って」

 あんまり思い出せないけど。確かに昔、気は強くてよくメンバーと喧嘩してるのは見てたけど。

「踏み台、かぁ」

 私は小さく呟くと、早足でまた廊下を走っていった。


 赤坂さんの運転する車に乗り込んで、早速雪名さんに謝罪のメッセージを送ろうとしたときだった。

「なんか、フォロワー増えてる……」

 隣で奈美穂がボソリと呟いたので、私は奈美穂のスマホを覗き込んだ。

「ホントだ。え?何?」

 私は自分のSNSも開いた。

「私のも何となく増えてる。あ、爽香もだ」

「さっきのエキストラの人達の中に、気に入ってくれた人がいたんじゃない?」

 赤坂さんも嬉しそうに言った。

 まだ情報統制があるから私達が映画に出ている事をSNSでは言っている人はいないけど、ちょっとフォローしてみようかな、と思ってくれた人がこんなにもいることが嬉しい。

 私が自分のSNSをスクロールして、ふと別の通知があるのに気づいた。

「あれ?早川結音からダイレクトメール来てる」

「うそ、好葉だけ?私には来てないよ」

 爽香が口を尖らせる横で開いて内容を確認する。

『お疲れ様です♪

 今日はカッコいいライブだったね。私もグループにいた頃を思い出しちゃった。

 よかったら今度、大人同士で飲みに行きたいな。空いてる日があったら教えて』

「飲みに誘われた!」

 私が嬉しそうに言うと、爽香が更に口を尖らせた。

「えー、いいなぁ。いいなぁ」

「爽香、早川結音そんな好きでしたっけ?」

 奈美穂が苦笑しながら言った。

「いや、昔は怖くて苦手だったけど。今日優しそうだったし。それなら仲良くなりたいじゃん」

「ゲンキンだなぁ」

 私は笑う。

「今のところ誘われたのはお酒飲める好葉だけだし、まずは好葉に仲良くなってもらいましょ」

 赤坂さんが言うと、爽香は素直にハァイ、と頷いた。

 私は結音のSNSをフォローし、ぜひ飲みましょうと返事を返した。

 少しだけ結音のネットでの悪評が頭をよぎったが、火のない所に煙は立たぬなんて芸能界では通じないのはわかっている。ちょっと雪名さんとギスギスしているのも気になるけど、久々の同世代の芸能界の友達の予感に、私はワクワクしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る