第32話 ライブシーン②

「じゃあ再開するよー。準備はいい?」

 高屋敷監督の声で、私達はスタンバイした。エキストラ達は待機疲れしたようで少しさっきより元気がない。私達もなんとかこれで決めたい。

「本当に、大丈夫かな」

 奈美穂が不安そうな顔をしている。私も不安だけど、とりあえずやってみるしか無い。

「大丈夫。奈美穂ならできる」


 ワタシが選んだ曲は、奈美穂がセンターを務める曲だ。

 メンタルの弱い奈美穂に、作曲家の人が「そういう性格なら、逆に気の強い感じの曲を作ってあげるよ」と言われてもらった曲で、強いラップ、激しいダンスで構成されている。


 イントロが始まるが、さっきのように私達は観客席を煽ったりしない。声をかけたりもしない。

 ダンスを魅せる、歌を上手く歌って見せる。それただけを考える。

 観客の方なんて一切見ない。ひたすら私達は自分たちの技術を出し切ることだけに全力を尽くす。

 それでも、エキストラの観客はひたすらに盛り上がる。奈美穂のソロダンスパートでは、最大に盛り上がった。

 しかし何となく少し、私達と観客席の歓声にズレを感じできて気持ちが悪い。私達が観客を見ずにパフォーマンスしているから多少そうなるのは仕方が無い。それでも私達は観客を無視してひたすら躍る。


 アイドルが売れない理由はいくらでもある。実力が無い、運がない、チャンスがない、事務所の力、魅力不足……挙げればきりが無い。

 この作品の主人公オノサクラが憧れたアイドルは一人の人生を決めてしまうほど吸引力のある実力の持ち主だ。つまり、実力はある。しかし売れなかったのはなぜか。もしかしたら運とかそういうのかもしれないけど、もしかしたら『驕り』だったのではないだろうか。

 アイドルを馬鹿にする人は多い。アーティスト扱いされないことは日常茶飯事だ。ファンですら「うちの推しはその辺のアイドルと違う」なんて言う人だっている。それは構わない。

 しかし稀に、アイドル自身がアイドルを馬鹿にしている人もいる。そういうのは、アイドルファンが分一番嫌がる。

 この作品のアイドルはそうだったんじゃないだろうか。圧倒的実力があって、未熟なグループと一緒のステージでパフォーマンスするのが気に入らなくて。自分たちをアイドル扱いするファンが気に入らなくて、とにかく実力を見せつけてやりたくて。それを表現するためには圧倒的実力があるグループが演じるのが一番手っ取り早い。


 私達はそれを表現するほどの実力は無いかもしれない。なら、態度で、観客をあえて置き去りにするパフォーマンスをしてみせよう。

 とはいえちょっぴり不安になって観客席をチラ見する。

 そう言えば、雪名さん演じるオノサクラはこのパフォーマンスを見てアイドルになることを決めるんだから、ちょっと骨抜きにするようなサービスをしたほうがいいのかもしれない。でも、手を振るとか投げキッスとかはこの場合ちょっと違うしなぁ……。私は考えて、ダンスの途中で、雪名さんと結音がいる方向に向かって、通常以上に足を思いっきり蹴り上げでアピールしてみた。

 ――あ、やば。

 あまりに勢い良すぎて靴が飛んでいった。その靴は、勢いよく雪名さんの顔にぶつかった。

 ――ああぁ、ごめんなさぁい。

 でも監督からはカットがかからなかったので続けるしか無い。よし、後で土下座しよう。


 曲が終わった。エキストラの観客はイエーと盛り上がる。

 でも、さっきの一回目ほどの達成感は無い。

 チラッと高屋敷監督を見ると、ムツっとした顔でじっとこちらを見ている。あれ、ヤバいまた違ったんだろうか。

「全然、さっきと違うね。何で?」

 高屋敷監督の質問に、恐る恐る、さっき思いついた私の考えを述べた。

「だめでしたか……?」

「いや、いいよ。凄くいい。確かに、そんな感じにしたいなぁって思ってたんだ」

 高屋敷監督はニッコリと笑ったので、私達は胸を撫で下ろした。

「でも、この解釈だったら、ある意味『アイドル役なんて超ダサい』って言ってたダンスグループは適役だって気がしますよね」

 私がふと言うと、高屋敷監督はぶんぶんと手を振った。

「原作の先生が怒ったのは、アイドルダサい発言じゃないよ。わざと下手に踊ろっかな、発言だよ」

「えっ、そっち!?」

 なんという勘違い。それが分かってれば少しは答えに近づくのも早かった気がするのに。

 私達が驚いている横で、監督はカメラをチェックしながら言った。

「うん、最高だったね。でもね、やり直し」

「えっ!」

「雪名」

 高屋敷監督に呼ばれて、雪名さんが険しい顔付きでやってきた。

「雪名、ライブシーンで一瞬、素になっちゃったよね?」

「はい。なりました」

「君の方にアイドルが靴を投げたんだよ?普通は喜ぶよね?それか、びっくりするとか。なんでそんな人を殺しそうな怖い顔してたの?」

「すみません」

 ああ、靴って、私のせいじゃん!

「すみません、私がダンス中に靴を飛ばしちゃちゃったから!」

「いえ、私が未熟なせいです。もう一度やらせてください」

 雪名さんが、私の方をチラリと見た。黙ってなさい、とでも言うような厳しい表情をしていた。

「雪名さん、ドンマイですっ」

 結音がにこやかに言ったので、雪名さんは氷のような微笑みで「ありがとう」と返していた。怖い。


 その後、同じようにライブシーンを撮り、今度はオッケーが出て、ようやく私達の出番は終わった。

 ありがとうございましたー、と声を張り上げ、皆から拍手を貰っておしまいだ。

 雪名さん、結音、そしてエキストラの人達もまだ撮影があるらしくバタバタしている。これでは雪名さんに土下座しにいくのはかって邪魔になりそうだ。

 ちょうど白井さんを見つけたので、私は駆け寄って話しかけた。

「お疲れ様です白井さん」

「お疲れ様、牧村ちゃん。かっこよかったよー」

 ニコニコしている白井さんに私は、さっきの、雪名さんへ靴をふっとばした件について平謝りをした。

「いいのいいの。カットがかかるまでは演技するのが女優だから、あれは雪名のミスよ」

「でも、雪名さん人を殺しそうな顔になってたんですよね?」

「あー、あれは別に怒ってたんじゃなくて、耐えてただけだから」

「耐えてた?」

 私が首をかしげると、白井さんは、私の足元を指さした。

「そりゃ、牧村ちゃんの小さい靴をぶつけられるっていう幸せすぎるプレイを受けたんだから、つい顔が緩んじゃうでしょ?それを耐えようとあんなに怖い顔になっちゃっただけよ」

「プレイって言わないで下さい!!」

 私は顔を赤くした。

「そんなわけだから気にしないで。牧村ちゃん達自分の仕事しただけだし」

 白井さんはそう言うと、サッサと雪名さんの方へ行ってしまった。

 そうは言っても、あの衣装の靴は結構履いてて臭かっただろうし、やっぱり後日土下座しに行こう、と私は思った。

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