第31話 ライブシーン

 着替えが終わり、ステージの音響やライトを確認している間に、ぞろぞろとエキストラが入ってきた。

 いつものファンとは違って皆落ち着いていて、ライブ前の高揚感が無くどうもやり辛そうだ。勿論彼等は仕事だから、ちゃんと盛り上がる演技をしてくれるんだろうけど。

「好葉、爽香、奈美穂」

 声の方を見ると、ステージ横に雪名さんがいて、ちょいちょい、と手招きをしていた。

「皆、今日は急でありがとうね。あの監督いつも急に変更とかしちゃうハゲ……じゃなかった、クソ……じゃない、えっと面倒くさい……じゃなくて……」

「あ、うん雪名さん、言いたいことはわかりました」

 私は慌てて雪名さんの発言を止める。これ以上言ったら完全に雪名さんのボロが出る。

「まあとにかく、頑張ってね」

「はい、ありがとうございます」

 激励しにきてくれたらしい。雪名さんは私達に声をかけたあと、ステージへ向かった。

 エキストラの人達から、きゃーとか、わーとか声が上がった。

「皆さん、初めまして。スターライトブーケの主演を務めさせて頂いております、花実雪名です。本日はよろしくお願いします。

 今回のシーンは、短いですが、主人公のサクラがアイドルになることを決める大事なシーンです。皆さんのご協力があってこそ、素敵なシーンになると思うので、一緒に頑張りましょう。今回ここで歌って頂くLIP-ステップさんと一緒に、カッコいいライブシーンを作り上げましょう!」

 雪名さんの声がけに、大きな拍手が起こった。

 そして、雪名さんは、ひとりひとりに笑いかけながら手を振り、ゆっくりとステージ裏にはけていった。さすが、裏では好感度抜群の雪名さんだ。一気にエキストラの皆は雪名さんの虜だ。


「お、いい感じに温まってる?じゃあリハ始めてもいい?リハでも本気でやっていいよ。よかっからそのまま使っちゃうし」

 高屋敷監督が現れたので、私達は、はい、と頷いた。雪名さんと早川結音も客席にスタンバイした。

 選んだ曲は、いつもライブで必ずやって盛り上がる曲だ。

「よーし、皆盛り上がっていくぞー!!」

 オー!!と声が上がる。さすがエキストラの方々、いい感じに盛り上がってくれる。

 手を触ればキャーと声を上げ、投げキッスをすればうぉーと叫ぶ。早川結音も観客としての演技なのかとてもノリノリになっていたし、雪名さんもうっとりとしていた。

「ありがとうございましたー!!」

 曲が終わって頭を下げる。

 結構良かったんじゃないだろうか。観客とも一体化出来てた気がするし。


「うーん、うん、もう一回やってみてくれる?ちょっと違う感じでも欲しいな」

 終わってすぐに、高屋敷監督が笑顔でそう言ってきた。

「違う感じ、ですか?」

「うん、そう違う感じ」

 私達は戸惑いながらお互い顔を見合わせた。

「えっと、じゃあもう少し違う感じ……おとなしめ、とかですか?」

「うーん、とりあえずそれでじゃあやってみて」

 言われて再度私達はスタンバイして、ちょっと大人しめで今度はやってみた。

 しかし、今度はサビまでいかず、Aメロの辺で止められた。

「ゴメンネ、もうちょっと違う感じも欲しい」

 再度同じ注文だ。今度は異常にハイテンションで観客を煽ってみたが、今度はまさかのイントロで止められた。

「ちょっとだけ休憩入れてから、もう一回だけやらせて」

「……はい……」

 高屋敷監督は、始終優しい口調だが、絶対に譲らない何かがあるようだ。何なのかは全然分からない。

 私達はステージ裏に引っ込んで、水分補給をした。

 エキストラ達も各自休憩をしているらしい。


「どうしよう。全然分かんない」

 私は頭を抱えた。爽香もちょっと不貞腐れたように言った。

「もう少し具体的に言って欲しい」

「まあ、そんな甘い感じじゃだめなんでしょうけど……エキストラの人達とかに呆れられたりしてないでしょうか」

 奈美穂が心配そうに呟いた。

 確かに、私達が何度もやり直しを食らうということは、エキストラの人達、雪名さん、早川結音、皆何度もやり直しをしなくてはいけないということだ。

「確かに、キツイよね……」

「そんな心配いらないわよ」

 声がして振り向くと、雪名さんがペットボトルのお茶を飲みながら、優雅に座っていた。

「こんなの、よくあるわ。特に高屋敷監督は何度もやり直しさせることで有名だし。昨日の早川結音なんて10回くらいリテイク食らったわよ」

 雪名さんはフン、と鼻で笑う。

「エキストラの人達にも、やり直し多くなるかもだけど怒らないでね、って言ってあるから。だから、あなた達は余計な事考えなくていいの」

「そうなんですか」

 とはいえ、どうすればいいのかは全然分からない。

 私はとりあえず、カバンから映画の原作になっている小説を取り出した。

「読んだ?それ」

「一応読みました」

 私はパラパラと本をめくる。主人公オノサクラの憧れるアイドルのライブシーン。原作ではニ行くらいしか出ていない。

「監督は、このライブシーンの事あなた達にどう説明した?」

「えっと、特に説明はされてないです。主人公がアイドルになるきっかけになるライブで。でもこのアイドル達自体はその後売れなかったからストーリーに全然絡んでこない、ってことくらいしか」

 私はそう答えた。その後売れないアイドルって辺りが、私達みたいでちょっと自虐しそうになる。

「そうね、あなた達とは全然違うわよね」

「違う?」

 雪名さんの言葉に、私達は目を丸くした。

「全然違う、とは?」

「これ以上は、私の解釈になっちゃうから。あとは自分で考えて」

 それだけ言うと、雪名さんはお茶を豪快にラッパ飲みすると、立ち去っていった。


「私達とは、違う……」

 よく分からないけど、私達はとりあえず自分の曲で自分のライブをした。しかし多分違うんだ。これは映画で、演技で、作中のアイドルにならなければいけないんだ。

「そう言えばさ、何で初めはアイドルグループじゃなくてダンスグループが起用されてたんだろうね」

 爽香がふと言う。

 確かに、アイドル役なんだから、アイドルグループを起用すればいいのに。

「ダンスが上手かったら誰でもいいって言ってたし、とにかくダンスが上手いグループを選んだんじゃないですか?元々この役をやるはずだったグループって、世界大会とかでランクインしてるレベルの子がいっぱいいるグループでしたよね」

「うん……」

 何か思いつきそう。何か。

 ダンス。アイドル。売れない。

 その時、ふと早川結音の笑い声が聞こえた。誰かと談笑しているようだ。

「あ……もしかして」

 ふと、思いついた事がある。もしかしてそうなら……。

「ねえ爽香、奈美穂、ちょっと曲ごと変えてみない?」

 私の提案に、二人はキョトンとした。



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