第30話 人気女優
※※※※
「いやあ、急に悪いね。正直、原作の先生がどう言ってもあの子達で進めても良かったんだけどさ。別にセリフあるわけじゃないし、ダンスの上手いグループなら誰でも良かったんで、じゃあ君達なら役作りとかで話もわかってるし、花実と同じ事務所だし話が早いかなって思ってさ」
現場であるライブハウスに着くなり、今回の映画の監督、高屋敷監督が挨拶がてらそう言ってきた。
この人が、雪名さんの言ってたクソ監督か。ヅラって本当かな。
「ありがとうございます。一生懸命やるのでよろしくお願いします」
赤坂さんと一緒に、私達も頭を下げた。
ライブのシーンをやるとのことで、後からエキストラの人達がたくさん来るらしい。
「おはようございます」
そんな声の方を向くと、早川結音が入ってきた。
「おはようございます、今日一緒にお仕事させて頂きます、LIP-ステップです。よろしくお願いします」
「おはようございます。早川結音です。主人公オノサクラの親友のサガラマリ役です。よろしくお願いします」
早川結音は、ニッコリと微笑んだ。
「昔、一緒にライブしてたよね。懐かしいな」
「そうですね。覚えてくれてましたか?」
てっきりもう眼中にもなくて忘れられていたかと思っていた。早川結音はケラケラ笑った。
「当たり前じゃん。てか敬語やめようよ。ほぼ同期みたいなもんじゃん?」
あれ、すっごく話しやすい。昔はもっとピリピリしてた気がするけど。丸くなったのかな。ネットの噂もやっぱり怪しいもんだな、と私は一安心した。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
聞き慣れた声がして振り向くと、雪名さんがやってきて、私達に手を振った。
「皆お久しぶりです。急だけどよろしくね」
「よろしくお願いします」
「ライブシーンだけだから、あんまり気負わないでね」
そう笑顔で私達に声がけをしながら、ちらりと私の足元を見た。そして約束通りパンプスを履いているのを見ると、大変に満足そうな顔をした。
そして、早川結音に向き合うと、ニッコリと微笑んだ。
「早川さんも、よろしくね。今日は私ダンスシーンあるから不安なの。NGいっぱい出したらゴメンネ」
「そんな、花実さんなら大丈夫ですよー。前に監督にオッケーもらってたじゃ無いですかー。ギリギリで」
「そうねぇ。昨日の早川さんよりはNGの回数少なくするように頑張るわ」
「やだぁ。あれはNGじゃないですよぉ。監督のこだわりですよ。時間かかっても花実さんより美人に撮れたから良かったって言ってましたよ」
「あら、お世辞真に受けるタイプ?お幸せで羨ましいわ」
うふふふふ、あははは、と笑い合う二人の美人。完全に後ろで火花が散っていて怖い。
早川結音が丸くなったとか気のせいだった。雪名さんとやり合えるんだから、やっぱり彼女は強い。
「雪名と結音、仲良くていいよねー」
高屋敷監督が二人を見てニコニコと言う。いや、どう見てもバチバチですけど。
「まずは先に雪名、エキストラ入れないでライブハウスにオノサクラが一人で佇むシーンから撮っちゃうよ。LIPさん達、着替えするとこ散らかってるからまだちょっと待っててね。こっちに寄って見ててもいいよ」
高屋敷監督に言われて、私達は大人しく横に寄って座る。
雪名さんがライブハウス観客席の真ん中に立った。
監督のスタートの声をきっかけに、雪名さんがすっとしゃがみこんだ。そしてその後ゆっくりと立ち上がったときには、もう既にいつもの女王様ではない、少し自信なさげな少女、オノサクラになっていた。
何かを呟いていそうで何も聞こえない。俯いて、そしてすっと上を向いてからステージを見つめるその瞳は、憧れとか、焦燥とか、何かを求めるようなそんなものが含まれていた。
カットの声が響き、雪名さんはまた少女から美しい雪名さんに戻る。
「次、メンバー殺しちゃった後にステージに一人で佇むシーンも撮っちゃうよ」
軽いノリで高屋敷監督が言うと、雪名は頷いた。そして、フゥーと息を一つはいて、また観客席の真ん中にしゃがみこんだ。
スタートの声とともにまた立ち上がると、今度は感情の無い能面になっていた。そして、また聞こえない声で何かを呟くと、くしゃりと顔を歪ませて、そして少しだけ笑った。それは後悔しながらも無理やり笑っているような、ヒリヒリした笑みだった。
雪名さんに、皆心を鷲掴みにされている。
これが、人気女優、花実雪名。
私は雪名さんが遠い人なのだと改めて実感してしまった。一緒にデートしたり、お酒を乗んだり、あまつさえ踏んづけたりしてて忘れそうになっていたけど、雪名さんは私なんかが気楽に接することができる人なんかじゃないんだ。
「LIPさん、舞台裏準備出来たので、着替えとかどうぞ」
スタッフに呼ばれてハッと我に返る。
私は慌てて爽香や奈美穂と一緒に舞台裏へ走って行った。
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