第19話 打ち上げ
このトラブルで警察も来たりしてちょっとした騒ぎになったけど、赤坂さんがなんとかしてくれてすぐに開放された。
雪名さんも巻き込まれる前にカバ子を脱いですぐに車で帰っていった。
「疲れたぁ」
私達は赤坂さんの運転する車の後ろでぐてっとしていた。
「精神的にとても疲れた……」
「甘いもの食べたい……」
「ケーキ……」
口々にそうねだってみると、赤坂さんは苦笑いした。
「じゃ、ちょっと事務所寄って、ケーキとジュース買ってプチ打ち上げしよっか。ついでに事務所のシャワーも借りていこう」
「賛成!」
「急に元気になるじゃん」
赤坂さんは笑いながら、車を停めて、スマホでケーキ屋さんを検索しだした。
「あ、花実さんたちも誘おうか?助けてもらったお礼もしたいし」
赤坂さんはそうつぶやくと、サッサと電話をかけた。
「白井さん、先程はありがとうございました。今から事務所で簡単な打ち上げするんですが、よろしければ……。ええ、うちは好葉以外10代なので、お酒じゃなくてケーキで……。ええ、……あ、そうです、事務所でシャワーを浴びさせて……え?シャワー?はい、シャワー浴びさせますよ?え、はあ。全身浴びるんで、まあ足も洗うんじゃないですか」
随分と念入りにシャワー浴びること確認されている事に、私は若干背筋が寒くなった。
「花実さん、来るって」
やっぱり。
「明日朝早いみたいだけど来てくれるみたいよ」
「わぁい、やったあ」
爽香なんかは能天気に喜んでいる。
まあでも、目的はどうあれ、打ち上げに雪名さんも参加するのは大賛成だ。ダンスは頑張ってくれたし、今日は助けてくれた。不敬かもしれないけど、ちょっとだけ仲間意識が芽生えている。
「じゃ、ケーキ買って、行くよ!」
赤坂さんは明るく声を上げて車を再度走らせた。
事務所のシャワーを浴びた後、一室を借りて、途中のデパートで買った惣菜とケーキを広げていると、すぐに雪名さんと白井さんがやってきた。
「お疲れ様です。もう始めてます?」
「今シャワー浴びたばかりで、打ち上げはこれからです」
「うちの雪名も、あの後すぐにシャワー浴びたんですよ。結構着ぐるみって汗かくみたいですね」
白井さんは、そう笑いながら紙袋から色々取出した。
「高級チョコだ!!」
「え、トリュフがけポテトチップって何!?」
「ああ、すみません気を使わせて」
赤坂さんが慌てて白井さんに頭を下げている。白井さんは微笑んだ。
「いえいえ、LIP-ステップの皆さんには大変お世話になってるので。雪名もいい役作りになったみたいです」
そう言って、赤坂さんにお酒の瓶を差し出した。
「こちらは、20歳超え組だけで」
「まあ、ありがとうございます。でも私はまたこの子達を送っていく仕事がありますので」
「あら、私もです。じゃあ雪名と牧村ちゃんだけて飲んで頂戴」
サクサクと白井さんが紙コップを準備していく。
「雪名さん、どうぞ座って下さい」
私は突っ立っている雪名さんに声をかける。雪名さんは微笑みながら私の隣の椅子に座った。
奈美穂と爽香も雪名さんの近くに座る。
「何飲みますか?お酒ですか?」
「じゃあ、ワインもらうわ」
雪名さんは、机の隅に置かれた安いワインを指さした。
「安いワインなので、雪名さんの口には合わないかもしれないですけど」
私は恐る恐る言いながら、雪名さんのコップにワインを注いた。雪名さんはプッと笑った。
「やだ、私もこのワイン好きよ。たまに買うわ」
そう言って、雪名さんは私のコップにもワインを注いでくれた。
そして、爽香と奈美穂のコップにもジュースを注いだ。
「それじゃあ、今日は大変だったけどお疲れ様でした!」
紙コップをみんなで掲げてプチ打ち上げが始まった。
「それにしても、皆大変だったわね」
「なんかめちゃめちゃなことになっちゃいましたけど。花実さん、ちゃんと役作りできましたか?」
不安げにたずねる奈美穂に、雪名さんは頷いた。
「ええ、何となく。アイドルって、キラキラしてるだけじゃないのね。こう、空気を変えるために、自分のテリトリーにファンを持ってくるために力づくというか根性が必要というか」
「そんな泥臭いものに見えました?」
ちょっと心外。しかし、雪名さんは真剣に頷いた。
「ええ、なんか私に不足してるものが分かった気がする」
私には女優さんの役作りの感情はよくわからないけど、でも雪名さんの役に立てたなら何よりだ。
「よかったです。それにしても、本当に今日は不審者から守ろうとしてくれてありがとうございました」
「私も無意識だったわ。守らなきゃって思って」
雪名さんがそう言いながら、チラリと私の方を見て、ニヤリと笑った。
「なっ……」
私は思わず声を上げそうになって、慌てて口を抑える。
足の下に何かが入り込んてきた。机の下なので見えないが、どうやら雪名さんは自分の靴を脱いで、そして私の足の下に自分の足を滑り込ませたようだ。
こんなところで……人がいるのに……踏ませようとしている!!
「ねえ、好葉」
わかるでしょ?と言いたげな、冷たく笑う目が怖い。
「あ、あ、ありがとう……ございます……」
私はそう言いながら、仕方なく足に力を入れる入れる。とは言え、雪名さんは素足、私は靴を履いているので、力を加減しないと怪我をさせてしまいそうで怖い。
そんな私の心配なんてそっちのけで、雪名さんは満足げにワインを飲み、「んあぁ……、久しぶり……」と色気のある声を上げている。もう、こっちの気も知らないで。せめて声を出さないで欲しい。私は思いっきりワインをあおった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます