第18話 女王様

 鳴り響くオーバーチュア。


 私は一人ステージに立った。ライトが眩しい。


 そして、黙って客席を睨みつけるように立ち尽くす。


「何でこんなになっても続けるんだよ!!」

「俺たちの気持ち分かって出てきてんのか!?」

「他人事か!?」

 客席から怒号が飛んできた。ほらぁやっぱり、暴れてた人達落ち着いてないじゃん。

「引っ込め!どうせお前も男がいるんだろ!」


「もっと言いなさいよ!!」

 私は怒号が飛んできた方向に向かって叫んだ。

「ほら、もっと叫びなさい!!今日はライブだよ!いくらでも叫びなさいよ!!」

 一瞬、戸惑ったの怒号が止んだ。

「ふ、ふざけ……」


「LIP-ステップ!!」

 私達のグループ名を叫ぶ声が響いた。

「コノハー!!がんばれー」

 この声はトモさんだ。

「LIP-ステップ!LIP-ステップ!!」

 手拍子が起こり、何度もグループ名が連呼される。

「がんばれー」

「コノハー」

「サヤカー」

「ナミホー」

 口々にファンが、多分他のグループのファンも叫んでくれている。


「その調子!!ほら叫べー声が死ぬほど叫べ!!怒号でも何でもいいよ!私達のライブで、声を潰せ!!」

「うるさいうるさい!!この売れもしてないクソビッチが!!」

 声援の他、やっぱり暴言だってまだ聞こえてきて、どこからか壊れた黄色のペンライトが飛んできた。

 え?てか、別に私ビッチじゃないし。何でビッチとか言われなきゃいけないの?あと、売れてないのは今関係なくない?

 ちょっとだけペコっとメンタルが潰れそうになった時だった。


「ほら、行くよ!!」

「一緒に楽しもう!!」


 爽香と奈美穂の声が響いた。後ろから二人が駆け寄ってくる。

「ありがとう好葉。ごめん、もう大丈夫」

 二人は目配せをして、そして観客席に向かって叫ぶ。

「私達のライブ見て嫌な気持ちにさせないよ!」

「叫ぶよ!一緒に!飛ぶよ!一緒に!!」


 ウォー、と言う歓声で、暴言は塗り潰された。


 あはは、やっぱり一人で空気変えて見せるとか言ったけど、やっぱり二人がいなきゃだ!


「いくよ一曲目!!」

 私は叫ぶ。どのライブでも一番盛り上がるいつもの曲だ。

 お客さんも一緒に叫んでくれる。


 サビに入れはおそらくカバ子も登場して後ろで踊るはずだ。


 見てください。これが、売れない地下アイドルの見ているキラキラした風景です。

 私はふと振り返る。

 カバ子のダンスは少しだけたどたどしい、でもちゃんと練習してきてるものだった。

「今日のゲスト、カバ子ちゃんにも拍手ー」

 私が叫ぶと、ワァーと拍手が沸き起こる。

 よし、いい調子。この調子で最後まで……。


 ふと、目の前に一人の男性が立っているのに気づいた。


 ――いつの前に?てか誰?

 あまりにも自然にいたので、ステージに上がってしまうまで誰も気づかなかったようだ。さらに、スタッフは、暴言を吐いたりしている目立つ人に注意を向けていたので、彼のように静かに動く人は注目されていなかったようだ。


「……こ………い……」

 周りの音が大きくて、この不審者が何を言っているのか聞き取れない。でも多分、あんまり良くないことな気がする。


 ステージ袖からスタッフが飛び出してきて不審者を捕まえようとした。

 しかしそれは叶わなかった。

 彼は飛び出してきたスタッフを、思いっきり投げ飛ばしたのだ。

 ――有段者!?

 まさかの身体が凶器のタイプの不審者に、私は動揺して動けなくなってしまった。


 音楽が止められた。会場がザワつく。

「……ぼくが……こんなに悲しいのに……何で笑ってんだよ……!!」

 不審者の言っていることがようやく聞こえた。

 ――逃げなきゃ!!

 私は必死で恐怖で動かなくなった足を動かそうとした。しかし、そうこうしているうちに不審者は私に手を伸ばしてきた。

「いやっ!!」

 私は思わず悲鳴を上げてしまった。

「好葉さん!!」

 トモさんが私の名前を叫びながらこっちに上がってこようとするのが見えた。

 だめだよ、危ない!来ちゃだめ!!でも声が出ない。


 その時だった。私の目の前に、すっと青い壁が立ちはだかった。


 カバ子!?

 私を背に、カバ子が彼の前にすっとキレイな姿勢で立ちはだかったのだ。

 突然目の前に現れた不細工なカバの着ぐるみに、不審者は一瞬動揺したようだ。

 カバ子は黙って立っている。

 堂々と、そして威厳高く、冷たい空気を醸しながらただただ立っている。それはまさに、氷の女王様だ。

「立ち去りなさい」

 冷たく、しかしよく通る声でカバ子は不審者に言い放った。女王様の御命令だ。


「う、うるさい!!」

 不審者はハッとしたように動き出した。しかしさっきの動揺で動きが鈍っていたようで、再度捕獲にチャレンジしたスタッフによってすぐに抑え込まれた。


「好葉!!大丈夫だった!?みんなも!!」

 赤坂さんが駆け寄ってきて、すぐに大きなタオルで私達を包んでくれた。

「怖かった……」

「よしよし。ほら捌けるよ。さすがにこれは中止だ。楽屋まで歩ける?」

「うん」

 私はふらふらと歩き出す。

「あ、カバ子……」

 私は、立ちはだかってくれたカバ子の方を振り向いた。カバ子は白井さんに手を引かれながら一緒にステージから捌けようとするところだった。

「ありがとうございました。でもあんな不審者前に立ちはだかるなんてむちゃくちゃですよ。投げ飛ばされたらどうするんですか」

「好葉を守りたかっただけよ」

 カバ子ははっきりと言った。

「……そんな……」

 その言葉を聞いて、赤坂さんは感激している。

「なんてカッコいいの」

 爽香や奈美穂まで感動して涙を流している。

 私も感動で泣きそうだった。

 カバ子の口から覗く目が、私の足だけを見ていたのに気づかなければ、多分泣いてたと思う。













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