第17話 信じる

「随分と破天荒な子ね。嫌いじゃないわ。男に溺れて皆に迷惑かけて仕事めちゃめちゃにした点は、救いようのない程馬鹿な子だと思うけど」

 ドライな発言が聞こえてきて振り向くと、着ぐるみのカバ子が、ステージ裏のパイプ椅子に足を組んで偉そうに座っていた。白井さんが横で、カバ子の口に向かってミニ扇風機を当てている。

「ま、若い女の子にこんな矢面に立つような事させて自分は姿を見せない辺り、相手はクズ男だろうから幸せにはなれなそうね。御愁傷様だわ」

「雪名さん、本性出ちゃってますよ」

 私はカバ子に近づいて注意したけど、カバ子はフン、と鼻を鳴らした。

「皆バタバタしてて、こんな着ぐるみ全く気に止めないわ。

 ところで、これは中止になるのかしら?」

 確かに、客席はもう大騒ぎだし、スタッフもバタバタしている。変に続けたら怪我人が出るような気がする。

「うーん、中止なりそうですねぇ。まだ序盤だったんだけど」

「ドラマとかの撮影でもよくトラブルあって延期になったり中止になったりするけど、こういう現場も同じね」

「雪名さんに、ステージからの景色、見てもらいたかったです」

 私は悔しい思いでいっぱいだった。せっかく頑張ってくれたのに。雪名さんのスケジュール的に、もう一度別な機会に、とはなかなかいかない。映画の撮影も始まっちゃうだろうし。

「別に大丈夫よ。今の状態じゃ、ステージからの景色は阿鼻叫喚地獄でしょ」

 カバ子はドライだ。こんなドライで偉そうなカバ子、可愛くない。


「みんな、大変よ」

 赤坂さんが、真っ青な顔で戻ってきた。

「どうしたんですか。やっぱり中止?」

 爽香が立ち上がってたずねる。

 赤坂さんは首を振った。

「このまま続けるって」

「マジですかぁ」

 奈美穂は弱気な声を上げる。

「本当胃が痛いよ。空気最悪じゃないですか」

「一応、大暴れしてたお客さんは、落ち着かせたみたいで……まあでも空気は最悪よね」

 赤坂さんは気まずそうに頷いた。

「とりあえず、まあ彼女は今日は出ないようにしたほうがいいかもしれない」

 赤坂さんはチラリとカバ子を見た。

 しかしカバ子は立ち上がった。

「中止じゃないなら。みなさんが出るなら出ます」

「でも、なんていうかもしかしたら今日はどうなるかわからないし……危ない事があったら……」

「それは彼女達だって同じですよね?」

 カバ子が私達を指さした。

「それに、どんなステージでもやり切る自信があると彼女たちは言ってましたし。私はそれを信じています」


 さっきまでドライな発言をしていたとは思えないほど熱く、責任が重い、しかし何となく嬉しい言葉だった。


「やります。やりましょう。ね、頑張ろ?二人共」

 私は爽香と奈美穂の顔を見つめた。

 二人は、特にメンタルの弱い奈美穂は泣きそうな顔をしている。

 あ、だめだ。どうしよう。この顔でステージに出て、万が一客席から暴言でも吐かれたら、奈美穂の胃は死ぬ。多分リバースする。


「じゃあ爽香、奈美穂についていてあげて。曲が始まる前に、まず私一人で出るから。そして空気変えて見せる」


「好葉が一人で?」

 心配そうに爽香が聞き返した。私は頷いた。


「さっき客席見たら、一番前にトモさんがいた。見たことあるファンも一杯いた。会場にいるのは莉子ちゃんのファンだけじゃないんだよ。

 私は私のファンを信じる」

 そう、私達のグループのファン、そして後に控えているグループのファンだって、この空気を変えたいはずだ。私は啖呵を切るように爽香と奈美穂に言い切った。


 そしてカバ子にも向き合った。

「少しだけ待って下さいね。ちゃんと阿鼻叫喚な風景じゃなくて、素敵なアイドルの世界に変えてきます」

「頼もしいわ」

 カバ子は優雅に言った。








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