第15話 楽しむ

 雪名さんと別れて皆のところに戻り、打合せやリハをこなした。本当は雪名さんもリハに参加出来たらいいんだけど、スタッフバレを防ぐために本番一発勝負にすることにしたのだ。


 リハを終えて、ふらふらと外の空気を吸いに行くと、向こうから知り合いが歩いてくるのが見えた。

「莉子ちゃん!!」

 私が手をふると、莉子ちゃんが手を振り返してきた。


 莉子ちゃんは、ちょくちょくこういう現場で一緒にやることが多い。ギター片手に弾き語りのできるタイプのアイドルだ。

 事務所も違うが、年齢が近いのもあって結構仲が良い。

「莉子ちゃーん、今日はよろしくね。さっき挨拶いったんだけど楽屋いなかったからさ。あ、セトリ見たけど今日って新曲やらないの?」

 私が意気揚々と話しかけるが、莉子ちゃんはどこかうわの空だ。

 ん、とか、ああ、とかしか答えてくれない。

「莉子ちゃん?」

「あ、うん、よろしくね。もう行かなきゃ」

 莉子ちゃんはあまり私の顔も見ずに、そそくさと立ち去ってしまった。


 私は違和感を感じながら皆の所に戻った。

「好葉散歩長すぎ。遅いよっ」

「ごめんごめん。あ、さっき莉子ちゃんと会った」

「ああ、そう言えば今日私達の出番って、莉子ちゃんの次ですよね」

「うん、なんか莉子ちゃん元気無かったんだよね」

 私は考え込みながら言った。

「妙にぼーっとしてたし」

「風邪でもひいたかな?最近莉子ちゃんテレビの歌番組決まったりして忙しそうだもんね」

「そっかぁ。まあ疲れてんのかなー」

 忙しくて疲れてるんならちょっと羨ましいな。とりあえず自分の準備に取り掛かるのだった。



 爆音が耳を突き刺し、光のシャワーが小さなライブハウスに降り注ぐ。本番が始まった。


 私達の出番は、3番目、莉子ちゃんの次だ。


「花実さん、準備できてます?」

「大丈夫、ほら」

 赤坂さんと白井さんに連れて来られて、青いカバ子の着ぐるみに入った雪名さんがステージ袖にやってきた。

 私はちょっと心配になって、カバ子の口の隙間から雪名さんを覗き込んだ。

「着心地は大丈夫ですか?」

「暑い」

 中から不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「動けます?」

「意外に動ける」

「無理しないで下さいね。出来なそうなら早めに……」

「は?出来ない?」

 雪名さんから尖った声が飛んできた。ヤバい、また無意識に煽るとこだった。

「えーっと、出来なそうならじゃなくて……えっと、うん、練習してくれたんだから大丈夫ですよね」

「ええそうよ」

「ライブ、楽しみましょうね」

「……楽しむ?」

「そうですよ。ライブは楽しむものです」

 私はカバ子の口の隙間にそう言い放つ。


「好葉、早く、あっちにスタンバイ」

 赤坂さんが叫んだので、慌てて私は爽香や奈美穂と共に自分の持ち場に走っていった。

「私、ちゃんと楽しむわ!」

 雪名さんが私達の背中に向かって声をかけてきた。

 私達はカバ子の口に向かって手を振って、自分の出番に備えるのだった。


 ……そして、私は雪名さんの事を気にしすぎて、莉子ちゃんの事をすっかり忘れていた。莉子ちゃんに感じていた違和感。それは正解だったのだ。

 ライブステージに向かう莉子ちゃんの表情が強張り、何かとんでもない決意をしていることに、その時の私は気づかなかった。









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