第14話 カバ子
結局、それから雪名さんは撮影が忙しかったり、ロケで地方へ行ってしまったりでライブ本番まで会うことは無かった。
踏むよう呼ばれることもなく、平和な日常が続き、何だか私は不安になってきた。
忙しいのに、ステージの提案なんかして本当に良かったのかな。ていうか、大丈夫かな踏まなくても。いやいや、別に踏まなきゃ踏まないでこっちも助かるんだけどさ。
そんなこんなでライブ本番の日がやってきた。
今日のライブは、何組かのグループが合同でやる対バン型のステージだ。
本当は、私達だけのライブに雪名さんを呼びたかったのだが、どうしてもスケジュールが合わなかったのだ。
「今日はよろしくお願いします」
久しぶりの雪名さんが、ステージ準備をしている私達に丁寧に頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。さて」
赤坂さんが、ズルズルと大きな袋を引っ張ってきた。
「花実さん、これ着てもらえますか?」
そう言って、赤坂さんが取り出したのは、青い不細工なカバの着ぐるみだった。
雪名さんが、ぽかんとして、いつもの女優モードの笑みを解いてしまっている。
雪名さんの隣で、白井さんがこらえきれずにプクプク笑いながらたずねた。
「ふふ、何で、何でカバ?」
「花実さん絶対にバレちゃだめじゃないですか。お客さんだけじゃなくて、今日同じステージに立つ他のグループの人にも。だから着ぐるみ着てもらった方がいいかなって。
でも、花実さんに臭くて汚い着ぐるみ貸すわけにもいかないし。うちにある着ぐるみの中で、このカバ子ちゃんが一番使われてないから一番キレイなんですよ」
赤坂さんが必死になって説明する。
「赤坂さん、やっぱり着ぐるみは失礼だったんじゃ……」
雪名の微妙に歪む表情に、爽香は恐る恐る言った。
――いや、あれば面白がって笑ってる顔だな。
素の雪名さんの笑顔は不細工だ。それを知らない爽香に、私は慌てて囁く。
「緊張してるだけだと思うよ。雪名さん、ああいう着ぐるみとか意外に好きらしいし」
そんな事実は知らないけど、とりあえず適当にフォローしてみた。
「いいじゃない。着ぐるみなら、全くバレないわね。ありがとうございます」
すぐに状況を受け入れて女優モードの笑顔になった雪名さんが、微笑みながら赤坂さんからカバ子の着ぐるみを受け取った。
「皆さんの足を引っ張らないように気をつけるのでよろしくお願いします」
そう言って雪名さんは、私達に丁寧に頭を下げる。そんな雪名さんに、私は思わず言った。
「そんな事気にしないで下さい」
「そんな事?」
「雪名さんは、役作りでステージに立つんです。是非、ステージからの景色を見ることに集中して下さい。ファンの声援を感じて下さい。足を引っ張るなんてそんな事、気にしないで下さい」
「そうですよ!」
奈美穂も口を挟んできた。
「練習してきてくれたんですよね?なら絶対に大丈夫です。もし失敗したって足を引っ張るなんてことになりませんよ。私達は一応プロですから、ステージでどんな事があってもやり切る自信があります」
「そうそう、奈美穂なんてメンタル激弱だけど、トラブル対応力は最強何だから」
爽香も加わって言う。
雪名さんは、少し戸惑ったような顔をしたが、すぐに「頼もしいわ」と笑った。
その後、雪名さんは他の出演者やスタッフとかち合わないよう車で待ってもらうことにした。
「好葉」
車に向かう前に雪名さんにこっそりと呼ばれて、
「何でしょう」
「いい子ばかりね、あなたのグループは」
雪名さんは目も合わせずに言った。
「人が良すぎて。芸能界向いてなさそうな子ばっかり。多少性格悪いくらいじゃないと売れないんじゃない?」
「あはは、まあ実際売れてないですしね」
私は恥ずかしそうに返す。そんな私をチラリと見ると、雪名さんはボソリと言った。
「CD」
「はい?」
「前にCD渡すからSNSで宣伝してくれって言ってたでしょ?あのデートした日。今度事務所に何種類か送ってくれない?」
「え……宣伝してくれるんですか?」
「まさか。とりあえず聞いてみてもいいかなって思っただけよ」
雪名さんはプイッと顔をそらして言った。
「は、はいっ!送らせてもらいます!」
とりあえず聞いてもらえるだけでも、庭の肥やしにされないだけでも最高だ。私は思わず敬礼してしまった。
「それはそうと、私結構今日まで頑張ったから」
突然雪名さんが話を変えてきた。
「あ、はいっ!ありがとうございます」
「好葉に出来ないって言われないように頑張ったわけ。ま、でも別に失敗しても大丈夫とか言われちゃったけど」
「あ……あの、だからあれば煽ったわけじゃなくて」
「だから、ライブ、上手くできたらすぐに私の事、踏みに来なさい」
やっぱりそう来たか!!私は思わず頭を抱えた。
「あー……すぐ、ですか。それはちょっと……」
「別にライブで疲れているところをそう長丁場で踏めなんて言わないわ。ちょっと一踏みしていくくらいでいいの」
ちょっと一踏み、という雪名さんからしか聞けない単語にクラクラしながら私は唸る。
「うーん……でも……」
「はあ?好葉、私の言う事が聞けないっていうの?」
「い、いや、違うんです」
私は慌てて言った。
「その、ライブってすっごく汗かくんですよ……て、ここのライブハウス、シャワー室無くて……その、靴とか蒸れて……臭いんですよ……」
「臭い」
雪名さんは無表情でオウム返ししてくる。私だってアイドルなので、臭いとか言いたくない。でもライブ終わりのブーツはマジで臭い。
「なので、臭い足で雪名さんを踏むなんて……」
「ふうん」
雪名さんは少し考え込むと、小さく頷いた。
「じゃあ仕方無いわね。私も臭いとかいう変な性癖の扉開く訳にはいかないし」
まあ十分辺な性癖持ってるしね、これ以上性癖盛られてもこっちも困る。
とにかく、雪名さんは諦めてくれたようだ。
「わかったわ。ま、ライブ終わりゆっくり休みたいだろうからね。我慢してあげるわ。まったく、好葉は焦らしプレイが得意ね」
「焦らしプレイじゃないです!!」
私は慌てて叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます