第13話 煽り

 ※※※※


 雪名さんが、役作りに難航しているのは本当らしかった。

 何度か私達のレッスンを見に来たり、ライブハウスに来たりしているのだか、どうも元気がない。

 一度一緒にレッスンを受けたりしたのだが、雪名さんは致命的にリズム感がなく、またダンスをしている時は女優モードが崩れるらしく、引きつった笑顔しかできないでいる。


「花実さんはダンスで魅せなくでもいいんですよ」

「そうです。演技力と美貌で勝負しましょう」

 爽香と奈美穂が、そう励ましている。完全にダンスを諦めさせようとしている。

 雪名さんは苦笑いしながら、「ありがとう」と言うしか無いようだ。


 白井さんが、そんな雪名さんを見ながら私にこっそりと囁いてきた。

「監督にも嫌味言われちゃってね。まだ本格的に撮影入ってないんだけど、『君は演技はうまいんだろうけど、内から滲み出るアイドル特有のキラキラ感が無いんだよね』とか言われちゃって、すっごく険悪なの」

「ああ、前に踏ませていただいた時、雪名さん呟いてました。『あのクソ監督……覚えてなさいよ……。いつか絶対あのズラ剥いでやる』って言いながら土下座スタイルで呻くので怖かったです」

 私はそう答えながら、ふと思いついた。

「そう言えば、雪名さん、前にライブハウス来てくれてたけど、客席とかステージ袖とかばかりですよね。良かったらステージに立ってみます?アイドルライブのステージってなんかこう多分、女優さんとは見える世界が違いますし」

「ステージに?え?いいの?」

 白井さんはぽかんとした。

 私も、なかなか勝手な提案をした自覚があるので、一応赤坂さんと爽香、奈美穂を呼んで聞いてみた。

「いいんじゃない?バレないように変装してもらって。いっそお面でも被ってもいいし」

「後ろで適当な演奏してるふりしてもらえばいいですよね。前に知り合いのギタリストに一緒に立ってもらったことあるし、イケますよ」

 皆あっさりと言う。まだ売れていない私達だからそこ、小さなライブハウスだからこそ、結構自由がきくのだ。

「ちょ、ちょっと待って。私そんな」

 雪名さんが慌てて言う。

 しかし、白井さんはキラキラした顔で微笑んだ。

「いいじゃない。いい役作りになるわ。せっかく言ってくれてるんだから」

「いや、そうだけど」

「ズラ監督、見返してやりましょう」

 白井さんに言われて、雪名さんは、うぅ、と珍しい弱気な顔をする。何だか私が勝手に提案しちゃったことで雪名さんを困らせているような気持ちになってきた。

「あー、でも雪名さん、無理なら無理しないで下さい。出来ないのにやらなくてもいいじゃないですか」

 私がそう言うと、急に雪名さんは眉を顰めた。

「……出来ない?」

「出来ないんですよね?」

「……出来ないなんて言ってない」

 雪名さんはさっきまでの弱気な顔はどこへやら、鋭い目つきになっていた。ちょっと、素の顔が出ちゃってるんですけど……。

「やる」

「え?でも」

「やります。白井さん、スケジュール調整お願い。皆さん、どうぞよろしくお願いします」

 雪名さんは堂々と、私達に向かって頭を下げた。



「牧村ちゃん、雪名を煽ってくれてありがとう」

 レッスンが終わった帰り道、追いかけてきた白井さんがこっそりと言ってきたので、私は目を丸くした。

「あ、煽ってなんかないです!!」

「え?ウソ。すっごく煽ってたように見えたけど」

「そんな。私はただ、雪名さんが困ってると思って」

 煽ってたように見えてたなんて大変だ。

「白井さん、後で雪名さんに弁解しておいてください。私煽ってないですって」

「えー、その弁解が更に煽りになりそうじゃない?」

 白井さんは相変わらず飄々と言ってくる。ああ、もうそんな私なんかが雪名さんを煽るなんてことあるはず無いのに!

 私がオタオタしていると、

「好葉!」

 後ろからキツイ声が響いた。

 私が恐る恐る振り向くと、怖い顔をした雪名さんがこちらに歩いてくる。そして、私に近づくと、勢いよく壁に追い詰めるように攻め寄った。


 ――か、壁ドンだ!


「覚えてなさいよ。出来ないなんて言ったこと」

「あ、あの……違うんです。私は」

「好葉たちのライブに泥を塗るような真似はしないわ。絶対に」

「そ、それはありがとうございます……」

「見てなさいよ。馬鹿にさせないから」

 雪名さんは言い切ると、踵を返して行ってしまった。


「だ、だから違うんですぅ……」

 私はプリプリと去っていく雪名さんに言い訳する隙もなく、見送るしかできなかった。




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