第11話 動画

 ※※※※


 今日は夢見パレードの収録日だ。

「花実さん収録も見に来るんですか?」

「まあ別な仕事でこのスタジオ来るらしいから、ちょっと寄るくらいだけど」

 赤坂さんがスケジュールを見ながら答える。

 あの日からすっかり雪名さんの虜になった爽香と奈美穂はキャッキャとよろこんでいる。

 私だって、あの裏の顔を知らなかったら二人と一緒にキャッキャ出来たんだろうけど。


 それにしても、今日は少し収録が押しているようだ。私はトイレに行こうと楽屋の外へ出た。近くのトイレが清掃中だったので、少し離れたところへ向かおうとしたその時だった。

 誰かに腕を引かれ、別な楽屋に引きずり込まれた。


「な、何っ!?」

「しっ!静かに!」

 目の前には雪名さんがいた。


「え?どうしたんですか?」

「好葉に用事があってね。ちょうどいいところに来てくれたから、思わず捕まえちゃったわ。」

 雪名さんは女郎蜘蛛みたいな言い方をする。

「あれ?でも今日私達の収録に寄るって言ってませんでした?別にこんな捕まえなくても普通に来てくれたら……」

「普通に行ったら、仕事モードで行かなきゃだめじゃないの」

「……つまりプライベートの用事……てことは用があるのは私の足ですね」

「あら、察しがいいじゃない」

 雪名さんは微笑む。私はため息をついた。

「踏むんですね?今から収録ありますのであまり時間は取れませんのでさっさと……」

「違うわ」

 雪名さんはそう言うと、スマホを取り出した。

「動画が欲しくて」

「動画?」

 私は目を丸くした。


「前にあなた達のレッスンに見学に行ったじゃない?本当になかなかダンスが良くて感心したの」

「あ、ありがとうございます」

 素直に褒めれて、素直に嬉しい。

「あれから自分のダンスレッスンも始まって、全然上手くできなくて、さらにあなた達の凄さを実感してね、何度かレッスンの時に取らせてもらった動画見てたの」

「そう、なんですか」

「それでね、私は大変な自分の過ちに気づいたの」

「過ち?」

 私は首を傾げた。雪名さんは真剣な顔で言った。

「仕事の事に夢中で気づかなかった。好葉のダンス中の力強い踏み鳴らし……どうして、アレを私はアップで撮っておかなかったのかしら……って」

「……は?」

「あなた達のダンス動画は役作りで活用させてもらってるわ。でも、好葉の足のアップを取っておけば、仕事以外のプライベートのオカズにも出来るのに……」

「オ、オカズって下品な言い方、止めて下さい!」

 私は思わず顔を赤くして口を挟んだ。

 雪名さんは無視してスマホを私に向けた。

「さあ好葉、また踊って。ここじゃ無理なら別なスタジオ借りてもいい……」

「雪名さん……」

 私は思わず雪名さんの言葉を切って言った。


「すみません。私は、そういう目的でダンスしてるんじゃありません」


 そう言って私は深く頭を下げると、雪名さんに背を向けた。

 そして、「収録がありますので」とだけ言って、楽屋を出ていった。



 私が自分の楽屋に戻ってしばらくしてから、雪名さんがよそ行きの顔で訪ねてきた。

 赤坂さんとメモを片手にいくつか喋って、その後爽香と奈美穂とと話をした。私には一切話しかけなかった。


 ――さっきの、怒ったのかな。


 ちゃんと丁寧に断ったつもりだけど、やっぱり女王様のご機嫌は損ねてしまったみたいだ。目も合わせてくれない。


 結局雪名さんは、収録の冒頭だけチラリと見学して、次の仕事の為に帰って行った。


「どうしよう。後で謝っておいたほういいかな」

 私はボソリと呟いた。









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