第10話 役作り

※※※※


 それから数日が経った。

 私達は、レッスンの前に赤坂さんから呼び出された。

「大事な話があります。ある人から、あなた達にしばらく密着させてほしいという依頼がありました」

「密着?密着取材ってこと?」

 爽香が口をはさむ。赤坂さんは首をふった。

「今度地下アイドルの役をする女優さんが、役作りの為に密着してもらいたいそうよ」

「私達で役作りを?そんな責任重大じゃないですか」

 奈美穂が怯えたように言うと、赤坂さんも神妙な顔で答えた。

「まあね。でも、あなた達は普通にいつも通りでやるだけだから」

「そうは言っても緊張しちゃうね」

 爽香が、ちょっぴり楽しそうに言った。

 私はふと、最近も役作りの為に……と言っていた女優がいた事を思い出していた。まさか、ね。


 しかしそのまさかは本物だった。

「よろしくお願いします」

 そうよく響く声で入ってきたのは、雪名さんと、白井さんだった。


「わぁ、花実雪名だ!!」

 思わず呼び捨てにして、爽香が赤坂さんから小突かれた。

 慌てて自己紹介をする。

「LIP-ステップの、加美かみ爽香です」

野々村ののむら奈美穂です」

「ま、牧村好葉です……」

「はじめまして。花実雪名です」

 雪名さんは、ニッコリと、テレビ用の笑顔で微笑んでみせた。

「う、美しい……」

 奈美穂が雪名さんの微笑みに虜になっている横で、私は呆然としていた。

 雪名さんが、地下アイドル役?役作りで私達に密着?あれ?キラキラ女子は?

「花実さん、私達のことご存知だったんですか?」

 奈美穂がたずねると、雪名さんはチラリと私の方を見て、ニッコリと答えた。

「やだ、おなじ事務所でしょ?知ってるに決まってるわ。あと、深夜にやってる、『夢見パレード』ってバラエティーあるでしょ?それにたまに出てるわよね?それを見て、気になってたのよ」

「花実さんが、あの番組を見てる……?激辛頑張ってたのが報われる……」

 爽香が感激の涙を流すふりをしてみせた。 

 雪名さんは微笑みながら言った。

「地下アイドルをやっている、明るくてキラキラした女の子が、成り行きで人を殺しちゃうって話の映画の役作りで、今回お世話になります」

 やっぱり人は殺すんだな、と何となく私は感心した。


「白井さん、白井さん」

 私はこっそりと雪名さんのマネージャーの白井さんに声をかけた。

「何で、前に言ってくれなかったんですか」

「まだ言える段階じゃなかったので。守秘義務です」

 白井さんは飄々と答える。

「何で私達なんですか?」

「ほら、あの子、ずーっと演技してる状態でしょ。少しでも気を許してる人の近くの方がメンタルにいいかと思って」

 気を許してる、か。気を許してるというか性癖さらけ出されてるというか……。

「それにしても……あの、私と雪名さんの関係は……」

「大丈夫、秘密にしておく。むしろ、バレたら困るのはこっちだしね。出会ったきっかけも今の関係も何もかも」

 白井さんがそう言ってくれたので私はホッとした。


 あの日、雪名さんに出会った日。

 深夜バラエティー夢見パレードで、私の足を見初めた雪名さんが、次の収録の日を調べ上げ、収録終わりの私を、白井さんが騙して雪名さんのところに誘拐して行ったこと。そして、初対面の私に、雪名さんが冷たい顔で「脱ぎなさい(靴を)」と命令したこと。そして、「私を踏みなさい」と命令したこと。

 そしてなんやかんやで踏み踏まれの不適切関係が続いていること。

 何もかも、メンバーに説明できない。


「とりあえず、今日は挨拶だけの予定でしたけど……どうします花実さん白井さん、レッスン見ていきます?もうすぐダンスの先生も来ますし」

 赤坂さんが尋ねると、雪名さんは「是非お願いします」と元気に答えた。


 雪名さんはレッスン室の隅に座り、スマホとメモ帳をカバンから取り出した。

 私達はちょっと緊張しながらレッスンに入る。


 今日は次のライブに向けて、フォーメーションの確認などをする日だ。

 曲を流しながら振り付けの確認、その後、お互いに話し合いながらフォーメーションを変えていく。

 カメラで何度もチェックしながらも何度も確認する。

 少ししてからダンスの先生もやってきたので、先生も交えてフォーメーションを確認しながら踊る。


 その間、ずっと雪名さんは真面目に私達を見ていた。たまに動画を撮っているようだったし、何かをメモしている様子もあった。


 真面目なんだな、と私は感心した。


「来週から、花実さんもダンスのレッスンに入るのよね」

 休憩に入った時、先生が雪名さんに声をかけた。

「え、ええ」

 雪名さんが、珍しい困ったような顔をしてみせた。

「あまり、運動は得意じゃないから」

「大丈夫、好葉だって運動神経は悪いのにダンスはできてるんですよ」

 爽香が余計な事を言ってくるので、私は睨む。

 先生はケラケラと笑った。

「確かに、好葉は運動神経悪いわよね」

「先生まで……」

 私はむくれてみせた。

「でもあなた、確かにとっても上手だったわ。ダンスの事はよくわからないけど」

 雪名さんが、私の目をしっかり見て言ってくる。

「凄いのね。見直したわ」

「そ、そうですか」

 私は思わず顔が熱くなった。


 その後、雪名さんは次の仕事があると言って立ち上がった。

「では、これから何度かお伺いすると思いますが、宜しくお願い致します。あ、まだ映画の詳しい話は出ていないので私が役作りしに来てることはオフレコでお願いします」

 雪名さんはよそ行きの美しい笑顔で言うと、颯爽と立ち去って行った。


「夢みたいに美しい人でしたね」

「こんな私達にも礼儀正しくて、本当にいい人……」

 奈美穂と爽香が、雪名さんにメロメロになっているので、赤坂さんが苦笑いしながら手を叩いた。

「ほらほら、レッスン集中して!これ多分、花実さんが映画の宣伝の時に、役作りで私達のとこに行ったって話も出るだろうし、チャンスなんだよ!」

「わかりました!」

 二人はキラキラと顔を輝かせる。


「それにしても、好葉って、花実さんと知りあいだった?」

 赤坂さんがふとたずねてきたので、私はぎくりとした。

「え?何でですか?」

「だって花実さんさっき、好葉のこと『見直した』って言ってたから」

「え?えっと、言ってた?言葉のアヤでは?」

 私は適当に誤魔化した。


 その日の夜、雪名さんからのメッセージが入っていた。

「今後お世話になります」

 と、妙に他人行儀なメッセージ一つだった。

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