第9話 デート日和④
「ちょっと最後に行きたいところあるんだけど」
遅めのランチを食べた後、雪名さんはそう言って、さっさとタクシーを捕まえた。
タクシーに乗って着いたのは、高級そうな靴屋さんだった。
雪名さんは、躊躇している私を引きずるように店内に入っていった。
「予約してた花実ですけど」
「お待ちしておりました」
上品そうな店員さんの前に、私を立たせると、雪名さんは言い放った。
「この子の靴、作って下さい」
「えっ?」
私は驚いて雪名さんを振り返った。
「む、無理です。私こんな高級なお店の靴なんて買えない」
「は?買うのは私なんだけど」
「いや、そんな買ってもらうなんて」
「勘違いしないでよ。誰が好葉にあげるなんて言った?所有権は私よ」
そう言って、雪名さんは店員さんに言った。
「ヒールの低めで歩きやすいパンプスを一足と、おしゃれなハイヒールを一足」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
私は、店員さんに促されるままに椅子に座らされた。
「どうぞ、測りますのでお履物を脱いで下さい。あら、そのスニーカー、いいメーカーですよね。履きやすいしサイズ展開も豊富で」
店員さんが、トモさんのくれたスニーカーを褒めてくれたのでちょっと嬉しかった。
「素敵な足ですね。シンデレラサイズ。なかなかサイズ探したのに苦労なさるのでは?」
「あ、はい。いつも子供靴で」
「では、今日はぜひ大人っぽいデザインを作りませんか?オーダーメイドならではですよ」
店員さんはそう言いながら、テキパキとサイズを測っていった。
「失礼ですが、お仕事は何をされておりますか」
「え?えっと」
アイドル、だなんて、ほとんど売れてない身で言うのは恥ずかしい。
「ああすみません、立つことが多い方なのか、歩くのが多い方なのか、そういうことを知りたいので。言いたくなかったら具体的には言わなくても大丈夫ですよ」
「アイドル」
雪名さんが、私の代わりに店員さんに答えた。
「この子、アイドルなんです」
「せ、雪名さん!」
恥ずかしくて言えないって思ってたのに、あっさりとバラされた。
「隠すことじゃないじゃない。恥ずかしい仕事じゃないのに」
「だって」
「素敵ですよ。頑張っていらっしゃる足なんですね」
店員さんはそう笑顔で言いながら、靴のデザインのカタログを持ってきてくれた。
私は恥ずかしくなって俯きながらカタログを受け取った。
「オススメはこちらですかね。あまりヒールには慣れてらっしゃらないようなので」
店員さんがオススメしてくれたデザインを見ていると、横からヒョイッと雪名さんが出てきて別なものを指さした。
「ヒールの低いやつはとにかく一番歩きやすいもの。ハイヒールは、絶対にこれ。色は好葉の好きにしなさい」
そう言って雪名さんが指定したのは、かなり細いピンヒールのものだった。
「転びそう……」
「いいのよ。これが一番痛そうだわ」
雪名さんはニヤリと笑う。予想はしてたけど、これ絶対に雪名さんを踏む用じゃん。刺さるってこれ。
私は文句を言いたかったけど、店員さんの前で美味く言えずモゴモゴするだけだった。
結局、ダークグリーンの低いチャンキーヒールと、真紅のピンヒールのパンプスをオーダーメイドすることになった。
丁寧に頭を下げる店員さんを背に店を出ると、雪名さんは言った。
「出来たら連絡するわ。そして、今後は私に会うと時は必ずこの靴を履いてきて頂戴。あ、ピンヒールは多分好葉は転ぶから、持ってくるだけよ」
「持ってきて……?」
「わかるでしょう?」
雪名さんは妖艶にニヤリと笑う。
「まあ、あなたもファンを大事にしないといけないし、そのスニーカーを履くなとは言わないわ。でもね」
雪名さんは私に顔を寄せた。
「好葉の足は私のものなのに、他の人が選んだ靴を履いてるだなんて思ったら、腹がたって腹がたってしょうがないのよ」
「雪名さんのものじゃないですし」
「私のものよ」
きっぱりと、断言するように雪名さんは言う。
私はため息をついた。しかし、これだけは言わなくてはいけない。
「理由はどうあれ、あんな大人っぽい靴履けるの、正直楽しみにしてます。ありがとうございました」
私が丁寧に頭を下げると、雪名さんは少し戸惑ったように顔をそらした。
「別に。私の為だから」
「まあそうなんでしょうけど」
しばらくすると白井さんがむかえにきてくれた。
白井さんは、今日撮った写真をチェックして、SNSに上げるオッケーを出した。
「いいね。可愛い。和菓子屋っていうのもあんまりキラキラしすぎて無くてナイスチョイス」
「え?キラキラしてないの?」
不満そうに言う雪名さんに、白井さんは笑った。
「いいんだよ、雪名。友達と楽しく遊ぶのが真のキラキラ女子なんだし」
「楽しく遊んでなんか……」
「えっ?雪名さん楽しくなかったんですか」
私は結構楽しんでしまったので、結構ショックだ。
しかし、雪名さんは、私をチラリと見ると、ふいっと顔をそらして言った。
「まあ、ドラマの共演者たちよりは気楽で楽しかったかもしれない」
「ごめんね、牧村ちゃん。うちの雪名、古き良きツンデレ女子で」
白井さんは笑って言った。
白井さんにマンション前まで送ってもらった。
降りる際に白井さんは言った。
「近々、またお世話になるけど、よろしくね」
「お世話?」
私は首を傾げた。しかし内容をたずねる前に車は行ってしまった。
「なんだろう?踏む件かな」
私はそう、ぼんやりと思った。
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