第2話 アイドル

※※※※


 ドラマで冷酷な殺人鬼を演じて話題になった雪名さんは、その後も何度かキツイ性格の女性や、イジワルな嫌われ役を演じて、巷では『氷の女王様』と呼ばれている。

 それでも人気なのは、裏ではとても親切で優しいのだと知人のタレント達がSNSがこぞって笑顔の雪名さんをアップする事(どうも雪名さんを一緒にあげると反応がとてもいいらしい)や、雪名さんの公式SNSでは茶目っ気たっぷりのつぶやきをする事などで、そのギャップに皆ヤラれるらしい。


「好葉ぁ、何見てるの?」

 そういいながら私の背中に飛び乗ってくるのは、私の所属するアイドルグループ『LIP-ステップ』の最年少18歳、爽香サヤカだ。

 今日は小さなアイドル雑誌の撮影だ。少しトラブルがあり、時間が押して暇な時間ができてしまっている。

「あ、昨日のドラマの見逃し配信?面白い?そのドラマ」

「んー。ストーリーはまぁまぁかな。でも、役者が皆いいしね」

「私ミステリーとかあんまり見ないだけど、あれじゃない?やっぱり花実雪名が犯人っぽいの?」

「逆に犯人っぽすぎるから違うと思う」

「あー、逆に、か」

 爽香はウンウンと頷く。

 私はドラマ配信を止めると、爽香に向き合った。

「ねえ、明日の収録、本当に爽香が役割でいいの?あの、激辛ラーメン食べるやつ。前も爽香キツイのやってなかった?」

「うん、だって、好葉辛いの全然だめでしょ?奈美穂ナミホだってすぐ胃腸悪くするし。私は全然平気だし。むしろおいしいとこ独り占め〜みたいな」

 爽香はにっこりと笑う。


 私達の仕事は、ほとんどがショッピングセンターでの無料ライブや、小さな地下ライブハウスでのステージだ。

 ただ、事務所が頑張ってくれて、たまに深夜のバライティに出してもらう事はある。

 若手芸人達と共に、使い古された罰ゲームのような事をするのだ。


「本当に、爽香はリアクションもいいし、サヤカ様々です」

 後ろの方から奈美穂も声をかけてきた。

 ダンスも歌もとても上手い19歳の奈美穂だが、メンタルが弱すぎてすぐにストレスで胃腸を壊す。バラエティは向かないのよ、と自分でよく言っている。

「ほら、暇だから、SNSに上げる動画撮りますよ。もう少し爽香、好葉に近よってー」

「こう?」

 爽香は、奈美穂にノせられて、私の背中に大きなおっぱいを当ててみせた。

「爽香、それはあざとすぎ」

「これくらいでいいのよ。好葉は真面目すぎなんだから」

 ホレホレ、と爽香は私に引っ付く。

「好葉は真面目すぎるから、もう少しギャップがほしいよねー。ドジっ子キャラとか?」

「ああ。そうですよねー。ほら、花実雪名みたいに、クールで冷たそうに見えて優しくてお茶目とか最高じゃないですか」

「そうよねー。花実雪名のギャップはたまんないよねー」

「ギャップ、ねえ」

 私は考え込んでフウとため息をついた。 

 私、爽香、奈美穂の3人で成る『LIP-ステップ』。結成から5年、メジャーデビューから3年経つも、なかなかチャンスに恵まれていない。


 そうこうしているうちに、機材トラブルが収まったようで撮影が再開された。


 撮影が終わり、帰り支度をしながらスマホを見ると、一通のメッセージが入っていた。

 私は思わずそのメッセージを見てため息をつく。

「どした?幸せ逃げるぞ」

爽香が私の肩に顎を乗せてくる。私はそれを振り払ってにっこり笑った。

「何でもない。ちょっと友達の要件。じゃ、明日頑張ろうねー」

 詳しい説明を避けて、逃げるように現場を後にした。


 向かうは、あるホテル。そこで、仕事終わりの雪名さんが待っているのだ。

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