Ⅴ 神と聖女と
次の日。
「ごめんね、待った?」
「構わんさ。
仕事の予定がないという彼女と、元より予定のない彼と。二人は町の片隅、昨日の場所で待ち合わせておりました。
神を名乗るなどという
自分がそうしている理由がそれだけではないことは、頭のどこかで分かっていました。いえ、体の芯まで、よく分かっておりました。
彼の言葉に苦笑して――あるいは照れたように笑って――、彼女は言いました。
「それで、今日のご予定は? 神様」
「全ては
彼女は歯を見せて笑いました。いたずらを仕掛けるように。
「でも、その前に神様? あなたが全知全能だってとこ、見せていただきたいの」
彼は息をついて笑います。
「知らぬのか、
考えるようにあごに指を当てた後。彼女は遠くを指します。その先にあったのは、この町で一番高い、教会堂の尖塔。
「あなたが全能の神様なら。どう、あの塔を懐にしまって、また取り出してみて下さる?」
彼は鼻で息をつき、声を上げて笑いました。
「
「え?」
目を瞬かせる彼女に、彼は言ってのけます。
「全知全能の
彼女はまだ目を瞬かせていましたが。やがて、肩を揺すって笑いました。
「屁理屈のお上手な神様。……ね、じゃあ。あたしを、神の
「
間髪入れずそう言い、地を足で踏み締めます。音を立てて。
「ここが神の御国。ここが地獄。ここが煉獄ここが辺土、ここがこの世。全てが
そして、彼女に手を差し伸べます。
「とはいえ、よ。
彼女はその手を取りました、微笑んで。
「ええ、神様」
その胸元からは。鋭く細い緑の葉と真っ直ぐな茎が伸び、その先に薄桃色の花が咲いていました。彼女の頬と同じく色づいた、
それから二人は町を巡ります。
私はその後をついていきます、
昼食
「神様でもお金は払うのね」
彼は肩をすくめました。
「全知全能の
そのときでした。どこからか飛んできた小石が、彼と彼女に打ち当たります。
飛んできた方を見れば、そこには昨日の子供らがいました。
にらむ子供らをにらみ返し、彼は足を踏み出します。
「罪無き者だけが石を投げよ、主はそう仰ったが。……
真顔のまま拳を握り、さらに足を踏み出したところで。
彼女が後ろから、彼のマントを引っ張ります。首を横に、何度も振りながら。
彼はしばらくそのままでいましたが。
やがて音を立て、マントを広げ。彼女を包み込みました。
「
そのとき。顔を隠すようにうつむく彼女の背から、生え出た木がマントを押し上げ。その襟元から枝葉を伸ばし。
咲いていきました、淡い白の花弁を高く連ねた
それらはさらに伸びては茂り、今を盛りと花を咲かせ。
真下へうつむく、彼女の耳は、首筋は頬は真っ赤に染まり。
溢れ、こぼれ落ちるようでございました。彼女を覆い尽くすように咲いた花、実った果実は。
日が落ちた頃。町の外れ、誰もいない――離れた岩場の陰に身を隠した
二人は、唇を重ねていました。
不意に彼が身を離し、自分の口に手をやります。
「これは――」
口から出したそれを、小さな鐘のような
「
再び口を合わせた後、また離した彼の舌には。小さな
「これは」
「
彼がそれを口に含み、また口づけた後。
彼女の首筋からか細い枝が伸び、白く細長い袋のような花弁を垂らします。
その首筋をなで、彼が尋ねます。
「これは?」
息を呑むような間の後、彼女が答えます。荒くなった呼吸の下から。
「
抱き寄せる肩から、なでる背から。
「これは?」
「
小さな花の群れが薄赤く広がり。
「これは」
「
薄紫の花は恥じらうように花弁を広げ。
それからも花は広がりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます