Ⅲ  神はきっと


 さて、わたくしたち自身のことについても、少しお話ししておくべきかもしれません。

 改めて申し上げるまでもなく、我々二人は見習い学僧。その課題の一つとして、いくつかの聖地、教堂を巡る巡礼の旅に出ておりました。

 その者がなぜ、聖女――あるいは魔女――など訪ねたかと、いぶかしく思われるかもしれません。


 恥ずかしながら。ただの好奇心、我々なりの物見遊山ものみゆさん、でございました。


 聖者と自称する胡乱うろんな者らの巧妙な仕掛けを、審定官しんていかんがものの見事に看破する――そんな話を面白おかしく聞かせていただいたことがあるのです、わたくし伯父おじから。

 伯父おじはそれなりの位にある司祭で、そうした話をよくしてくれたのでございます。

 そして今回のことも。――そういえば、まだ審定官しんていかんは向かっていないが、このような妙な者がいるそうだ。どこからともなく花を出す墓守の女が――と。


 それを彼に話したところ。ならば一つ旅路の途中、それを見物していこうではないか。そういう話になったのでございます。




「聞かせろ、女。どこで神から力をたまわった。あるいはどのように、悪魔はお前に力を授けた」


 再び会うなり、彼はそう言いました。彼女の管理する小さな墓地で。


 布袋を担いだ彼女は、ひどく顔をしかめます。そして彼を指差し、私の方へ顔を向けました。

「ね、この人。だいぶ頭悪いんじゃない、昨日言ったこと全く聞いてないんですけど」


 私は苦笑し――鼓動の高鳴りを感じ、彼女の視線からわずかに目をそらしつつ――、答えます。

「確かに、挨拶あいさつとしては礼を欠いておりますね。申し訳ございません」

 頭を下げ、手にしていた包みを差し出しました。

「つまらぬ物ですが、お詫びとお近づきの印に。お納めいただければ幸いです」


 彼女は口を尖らせたまま、私の顔を見ていましたが。包みを受け取って、ちら、と開きます。

 中にあるのは、市場で買い求めた蜜がけのパン、チーズ入りのパン。


 彼女は鼻で息をつき、包みを小脇に抱えました。未だ固い表情のまま口を開きます。

「で? 用は何、さっきの話をしに来たわけ?」


 勢い込んで口を開こうとした彼を手で制し、わたくしは言いました。

「端的に申せばそうなりますが。まずご理解いただきたいことは、何も心配はない、ということでございます」


 眉根を寄せた彼女をもう片手で制し、わたくしは続けます。

「我々は審定官しんていかんではございません。貴方のことをどうする権力も持ってはいないのです。また、仮に貴方のそれが、悪魔から得た力だったとしても――」


 このときばかりは、彼女の目を見据えて言いました。とにかくこれだけは――彼女の力が何であろうと――伝えなければならない。不安にさせてはいけない。

「悔い改めるなら。神はきっと、お許し下さいます」


 横から彼が口を出します。

「あーそうだな、そのとおりだ。で、それより、神の、神からの力だというのなら」

 鼻を相手にぶつけるかのような勢いで顔を突き出し、急き込んで言います。

「いつ! どこで! どのようにしてその力をたまわった、何を原因として、何のために! 教えろ、神はどのようなお言葉を投げかけた、そのお姿を見たのかどのような――いや」

 うめくように言葉を絞り出しました。

「神は……いるのか」


 彼女は身を引き、目を瞬かせていましたが。

 長く鼻で息をつき、答えました。肩をすくめ、苦笑して。

「お生憎あいにくさま。神様も悪魔も、会ったことなんて」


 視線をうつむけ、言葉を続けます。

「この体質だって、気がついたらこのとおり。気持ちがたかぶると生えてくるの、生まれつき。ほんの赤子の頃、夜泣きのあたしを抱きかかえるたびに、青葛あおかずらとげが刺さってつらかった、って母さんは……随分前に死んだけど」


 わたくしたちがそれぞれに手を組み、死者に祈りを捧げるべくこうべを垂れると。


 彼女は苦笑し、首を横に振りました。

「よして、本当に前の話。だいぶ経って父さんも死んで、墓守を継がせてもらったけど。体質これが役に立ったことなんて一度も、苦労ならいくらでも……」


 長くため息をつき、彼女はかぶりを振りました。

「悪いけどね、今日はこれで。仕事もあるし」

 そうして担ぎ直した袋から、白い花がこぼれ落ちました。


「これは――」

 わたくしたちが拾い上げたそれはしかし、瑞々しい花弁の感触ではなく、布の手触りがあるばかりでございました。


「ああ、造花。商売道具、とむらいに花を買えない人のために、安く貸し出すの……それにしたって」

 わたくしたちの顔を見回し、彼女はまた苦笑します。

「かわいそうにね、せっかく来たのに手ぶらで帰るなんて。また、花を売りつけてやれればよかったんだけどね」


 彼は鼻で息をつきます。

「ふん。何にせよ……いずれ見定めてやる、お前を」


 わたくしは彼女に深く頭を下げ、先に去っていく彼をとにかく追いました。


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