第40話 調略:貴族協会との交渉

「リスリー様。いかがお過ごしでしょうか?」


「久しぶりだな、ハル。村の運営はうまくいっているか?」


 俺たちは貴族長のリスリー候の屋敷にきていた。貴族陣営の支持を取りつけるのが、今日の訪問の目的だ。


「はい、うまくいってます。リスリー様の取り計らいのお陰です。今回は三首争奪戦の提案の件で伺いました」


「ハルとはゆっくり雑談したかったのだが。まあよい、話してくれ」


 話の感じからするとリスリー候とはいい関係を築けているようだ。村設立のときに援助をしていただいたと、ハルさんが話していた。


「単刀直入に話しますと、三首争奪戦での三国同盟の提案です。アルガン街、サラヘイム村、ドワーフ村で協力して、アルガン街を3位にするための同盟を組みたいと思っております」


「なるほど。それで、サラヘイム村の目的は何だね」


 貴族って自分の利益にしか興味がなく、政治や経済に疎いイメージがあった。だが、リスリー候は違うようだ。すぐに、利益に飛びつかないことからもわかる。


 ハルさんが、頭がよくて信頼できる人だと言っていただけある。


「2つあります。1つは最下位からの脱出です」


「もっともな理由だな」


「2つ目は通行税の減額です。現在100%の関税を75%に。そして3位の目的を達成した場合は50%。三首争奪戦だけでなく、普段でも経済圏としての同盟を望んでおります」


 今回、アルガン街に肉を売りに来て気がついたのは通行税だ。


 冒険者から買い取った1ヶ月分120万の肉を持ち込むのに、120万の通行税を取られた。


 俺が苦労して作ったサブスク契約でもらっている金額が60万。それが何もしないアルガン街が120万もとっているんだよ。


 信じられないよ。


「聞いていた報告と違うな。現在サラヘイム村は50%。ドワーフ村は33%と聞いていたのだが」


 リスリー候は、独り言を言っている。


「今回サラヘイム村は、村人全員で三首争奪戦の準備をしています。同盟によって、このうえない貢献を約束します」


「わかった。だが、三首争奪戦はギルドが主体で行なっている。三国同盟については、ギルドに尋ねるように」


 いったんこれで俺達の目的は達成だ。今回の訪問はギルド長を更迭するための1つの材料作り。


 サラヘイム村から条件のいい提案があったが、私怨でギルト長が断った、というのを印象づけるためだ。


 多くは望まず、一歩一歩着実に進む作戦である。


 この街では、貴族長、商業ギルド長、ドワーフ村の選手と交流を持ち、根回しをすることを目的だ。


 これで3つの目標のうちの1つは完了できた。


 ハルさんが俺に目配せした。


「私から経済同盟の説明させていただきます。私はサラヘイム村にギルド長として、中央ギルドから派遣されたカイと申します」


「中央ギルドか。今後とも宜しく頼むよ、カイ」


「サラヘイム村では、ギルドの取り組みの一つとして肉の販売を強化しております。こちらの資料をご覧ください」


 俺はそう言って、情報が書かれているページを開いてメモ帳を渡した。


 販売量と売上の推移とグラフが書かれている報告書だ。


 リスリー候は興味深げに、俺が提示したメモ帳をみていた。


「そちらのグラフからわかるように、取引がここ2ヶ月急拡大しています」


「カイ君だっけ。野望が高くて実にいい」


 野望って何のことだろうか? 肉の販売数を増やしていることかな。


「はい、将来は取り引き量を2倍3倍、いえ10倍にして、アルガン街との主要な交易パートナーとなりたいと思っています」


「字も書けるのか。君は実に面白いな」


「はい、ギルド運営のため一通りの教養は学んでおります」


 メモ帳には、数字とグラフだけだったはず。文字なんて書いたか?


「将来結婚しても、サラヘイム村に住むのか?」


「はい、その予定です」


 なぜ突然結婚のことなんで聞くんだろう? さっきから、すこし論点がずれていることを質問してくるなぁ。


「サラヘイム村を王女が住めるほど発展させるのはたいへんだが、がんばれよ」


 王女? また王女の話か。慌ててリスリーさんの手元を見ると、違うページを見ていた。


 何やってるの、このオジさん。

 いや貴族に対してこんな言葉遣いダメだ。

 何やってんの、この渋オジ。


 勝手に違うページを開かないでよ。


 見ていたのは1ページめ。俺のギルドへの野望を書いていたページだった。


『王女をダンジョンから救出する依頼をとりまとめ、王女と恋に落ちる』

と書かれたページだ。


 転生初日でテンションが異様に高かった時に書いちゃったんだからしょうがないでしょ。


 何とか話題を変えないと。ちょっと早いが用意していたあれを使うか。


「リスリー候。こちらは、私達の売出し中の肉の唐揚げです。お試しいただけますか?」


 俺は、用意していた唐揚げをリスリー候に渡した。もちろん、その時にメモ帳は回収した。


「何だこれは。見た目が悪いな。食べないとだめか?」


「村では大人気の食べ物です」


「しょうがないな。どれどれ。ん、んん、んんん?? うまいぞ。何だこりゃ」


 予測以上に喜んでくれた。俺が眺めていることに気がついたレスリー候は、口元をハンカチで拭いた。


「ああ、失礼。それなりに、人気が出るんじゃないかな」


「この街で売り出したいのですが、採算が合わないのです」


「カイ君は腹芸も得意なのか。気に入った」


 通行税が高いから採算が合わないという意図が伝わったようだ。話が早くて助かる。


「通行税の件は、すぐには難しい。かわりに1週間後のパーティで、唐揚げをお披露目しておこう」


「ありがとうございます」


「ところでカイ君」


「はい」


「1億出資するから、私も君の計画に混ぜて欲しい」


 1億ってなんだその大金。

 肉の件はそんなに資金は不要だ。


 何のことを言っているのかがわからない。


「おっしゃっている意味がわかりません」


「隠すのか。まあいいだろう。時期が来たら声をかけてくれ。最後に、もう一件いいかな」


 部屋の隅っこに呼ばれた。

 嫌な予感がする。

 何か都合の悪い話でもあるのだろうか。


 俺の耳に口を近づけて話してきた。


「唐揚げのお替りはないのか?」




◆◆◆


アルガン街のギルド長室


「サラヘイム村のカイの件は、うまくやっているんだろうな」


 ギルド長がキンキンとした声で、話していた。もうこの人のことは、アカネちゃんにならってコバエ長と呼ぶことにする。


「はい、スパイをつけて、動向を監視しております」


「あいつだけは許せん。できる限りの嫌がらせをしろ」


 コバエ長は、机の脇にあったゴミ箱を蹴り上げた。


「それで、指示したことはきちんとしてるか?」


「はい、サラヘイム村からの通行税は倍にしております」


 コバエ長はその報告を聞いてニヤついた。


「やつは何をしに来た」


「領地対抗戦のためです。肉の販売、対抗戦用防具の購入、そして争奪戦での同盟交渉の3つが目的とのことです」


「よし、全部邪魔してやれ。サラヘイム村の肉の買い取り禁止。武器防具の販売禁止だ」


 その指示を聞くと部下は深く頭をさげた。


「はい、すぐに通達します。ただ…」


「ただ、何だ?」


「肉は既に買いとってしまいました。他には、新しい肉をリスリー候に取り入って売り出すようです」


「リスリーだと。忌々しい奴め」


「1週間後の壮行会で、披露すると報告を受けています」


「あのパーティか。俺も出席予定だったな。いいだろう、パーティでは奴が肉を売れなくなるほど評判をおとしてやる」


 不敵に笑うコバエ長だった。

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