第38話 作戦:プレゼンテーション

 頭の中はが真っ白だった。眼の前には、村人9人全員が集まっていた。


 ハルさんに案を話すだけだと思っていた。いきなり全員の前で発表なんて聞いてないよ。


 こうなったら、昨日から寝ずに考えた案をぶつかるしかない。


 素晴らしい案を考えたのだ。

 きっとみんなの心を揺さぶるだろう。


「それでは、わたくし作戦隊長のカイから、三首争奪戦の作戦を発表させていただきます」


 パラパラと拍手がなった。


 俺は舞台を端から端まで広く使って歩きながら話した。偉大なるジョブスのiPhoneの発表をイメージしている。


「まずはこの作戦の名前を発表します。ジャカジャカジャーン」


 俺は5秒間のためを作った。会場は静かになり、みんな固唾をのんで見守っている。


 計画通りだ。


「名前は、『辺境からの解放』計画です」


「おぉー」

と低い小さな声が会場に響いた。


「さすが、カイ。カッコイー」


 アカネちゃんの声援だ。

 ふふふ、そうだろう。

 一生懸命、頭を絞って考えたからな。


「このネーミングの意味は、現在、辺境の地と呼ばれている我がサラヘイム村が、三首争奪戦で勝つことで、中央に進出することを表しています」


 カッコよくきまった。

 イメージ通りの完璧なプレゼンだ。


 俺は一礼した。

 ……

 ……


「で?」


 ハルさんが尋ねた。


「で? とはどういう意味ですか?」

「いえ、続きをどうぞ」


 続き?

 俺が考えてきたのは、これがすべてだ。

 1日でこれだけできれば十分じゃないか?


「続きをどうぞ」


 再びハルさんから低いトーンの言葉が発せられた。


 やばい、作戦名だけではダメか。

 何か話さなくては。


「では、作戦の中身について説明させていただきます。作戦はですね。え~とですね。え~と…」


 いや無理だよ。

 何も浮かばないよ。


 ハルさん目が怖いよー。


「ドルハさんとポーロさんには腕立て、腹筋、スクワットを200回やってもらいます。マラソンは20キロしてもらいます」


 早口でまくしたてた。


 ドルハさんは、顎が外れそうなぐらい大きな口を空けている。


 ボーロさんの目玉は、落ちそうなぐらい飛び出ていた。


「そして、3位になって、我々は辺境から解放する奇跡の世代として伝説になります。発表は以上です」


 みんなが呆然としている。

 水をうったかのような静けさが広がった。


 俺はその隙に会場から逃げようとした。


「ダメだよ」


 アカネちゃんに呼び止められてしまった。

 一秒でも早くここから立ち去りたいのに。

 こんな時に、余計なことを言わないでよ、アカネちゃん。



「だって、アカネが奇跡の世代になるんだもん。だから、今年が奇跡の世代じゃだめだよ」


「アカネちゃん、選手になりたいの?」


 優しく聞いたのはハルさんだった。


「うん」


「すごく、うれしいわ。アカネちゃんだったら、将来いい選手になるわね」


 アカネちゃんのお陰で会場の雰囲気が少し和らいだ。


「そうだよ。それで、アカネとお兄ちゃんとセシリアさんとカイで奇跡の世代になるの」


「そうね。期待しているわ」


「アカネ、セシリアさんは違う街の人だから、仲間になれないよ。残念だけど」


 そう口を挟んだのはお兄ちゃんのジョルドさんだった。


「違う街でもいいんだもん。セシリアさんは仲間だもん」


 プレゼン中、頭は真っ白だった。だがこのやりとりを見ているうち、だんだん落ち着いてきた。


 アカネちゃんの言葉から、何か浮かびそうな気がする。


 今は弱くていい。

 違う街のセシリアさんも仲間。


 そ、そうか。

 そうだよ、その考え方があった。


「ありがとう、アカネちゃん、ジョルドさん」


 俺は再びみんなの前に戻った。


「今のアカネちゃんの言葉は核心をついています。私達は狭い範囲でしか物事を見れてませんでした。解決策は、色々あるのに」


 ドルハさんとポーロさんは、気の毒なぐらいオロオロしている。


 今度は何を言い出すんだろうかと考えているのだろう。


「プロジェクト名の『辺境からの解放』は、地理的な解放の他に2つの意味を含んでいます。時間からの解放と場所からの解放です」


 ドルハさんの奥さんであるセツナさんの手が、中途半端な位置で行き来しているのが見える。


 止めるタイミングを見計らっているのだろう。


「1つ目の時間からの解放は、今年勝つことにこだわらないです。将来3位になることを目指し、今は順位をおいません」


 セツナさんの手が降ろされた。


「2つ目の場所からの解放は、この村だけで勝つことにこだわりません。他の街と協力して強くなります」


 前かがみで中腰だったセツナさんは、深く椅子に座り直した。


「それでは、具体的な作戦に移ります」


「カイ、もうわかったから。具体的な計画は話さなくても、いいんじゃないか? なぁ、みんな」


 ドルハさんが立ち上がって発言した。


 ドルハさんは、俺が腕立て300回とか言い出すんじゃないかと思って、気が気じゃないのだろう。


 セツナさんがドルハさんに向かって『いいから、座りな』と小さく囁くのが聞こえた。


「中期の目標は、アルガン街、ドワーフ村の南東3国での同盟です。この3国で協力して、順位を上げることを目指します」


「アルガン街は俺らを馬鹿にしているから、同盟は無理じゃないか?」


「ドルハさん、もっともなご意見です。それを実現するのが、作戦隊長の任を承った私の役割です。任してください」


「おおー」


 とどよめきが起こった。

 笑顔が溢れている。


 具体的な道筋が見えたことで、希望が湧いてきたのだ。


「アカネはやだ。アルガン街嫌い。仲間じゃないもん」


「アカネちゃん、俺がした2ヶ月前の約束覚えている?」


「王女さんと結婚すること?」


 何を言い出すんだアカネちゃんは。

 今、せっかくいいところなのに。

 台無しじゃないか。


「ええとね、その王女の話は記憶違いじゃないかなぁ。俺がアルガン街を倒すって言った約束ね」


「思い出した。それも言ってたね」


「3国同盟を実現したあとは、悪いアルガン街を倒そう。その後いいアルガン街と仲間になろう」


「うん、わかった」


「では、みんなでコールするか。三首争奪戦な向けて」


ドルハさんが出てきた。


「3国同盟に向けてがんばるぞ。エイエイオー」


「エイエイオー」


 力強いエールでカイのプレゼンは終わったのだった。

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