第33話 探検:退却
「カイさん、今ずっこけリーダーやってる場合ではありません」
ずっこけリーダー? えっ、今ずっこけリーダって言った? 盛り上げリーダーってセシリアが言ってくれたんじゃなかったっけ?
もしかして、セシリアさん俺のことずっこけリーダーと思ってたの?
「アカネさん、ゴブリンの遺体が1体足りません。もう1匹のゴブリンはどこかわかりますか?」
そういえば、アカネちゃんは2体相手にしてたはずだ。
「逃げたよ。アカネに恐れてね」
アカネちゃんは回復薬を腰に手をあてて飲みながら、自慢げに答えた。
まるで、風呂上がりに牛乳瓶を一気読みしているおじさんだ。
「よし、元気回復ー」
「バカ、アカネ。仲間を呼んで戻ってくるそ」
兄弟だけあってジョルドさんのツッコミは容赦ない。
ウォー、ウッホウッホ
洞窟の入口の方から、ゴブリンの雄叫びが聞こえる。
「すぐに撤退しましょう。刺激袋の足止めは1分も持ちません。」
「ジョルドさん、どっちに逃げればいいですか?」
答えを聞かなくても、ジョルドさんの顔を見れば明白だった。
もう、刺激袋の煙は晴れ、奥からもゴブリンが迫ってくるのが見える。
奥からは4体、出口からも複数体迫ってきている声と足音が聞こえる。逃げ切れない。
「出口に向けて、強行突破します」
セルシアさんのキッパリとした発言に、みな無言でうなずいた。
先頭をアカネちゃんにして突撃体制をとる。
「アカネにまかして。切り開くから」
アカネちゃんは強がっているが、足はびっこを引いている。
アカネちゃんには酷だが、ここはアカネちゃんに頼るしかない。
「ゴブリン4体。奥に3体」
ジョルドさんの声がとぶ。
「左におびき寄せますので、みなさんは右に」
逃げ道に7体か。これは、まずいぞ。
「セシリアさん。逃げ道を俺に任せてもらえますか?」
「勝算は?」
「任せて下さい」
自信を持って言えるほどの勝算なんてなかった。だがみんな自分の役割をまっとうしている。
不安の中、強い指示で牽引してくれるセシリアさん。
傷つきながらも、体を張るアカネちゃん。
突破のために囮になることを考えているジョルドさん。
俺が今できることを、全力でなしとげる。ここで、やらなきゃ男じゃない。
「先頭カイさんに交代。シンガリはアカネちゃん」
「次右に曲がるぞ。続いてくれ」
主線から外れて脇道に入った。この鉱山の主線は真っ直ぐでなく、わずかに湾曲していた。
来るときに3D描写スキルでマッピングしていたが、脇道の延長線を結ぶと繋がると予測できる道があったのだ。
狭い道を走り抜ける。後ろからはゴブリンが迫っている。
ゴブリンとの距離が縮まっていた。ごめんよ、俺の足が遅くて。
アカネちゃんがゴブリンを牽制してくれているおかげて、辛うじて逃げられている。
「次は左!!」
俺は逃げながらも、3D描写を続けた。
入り組んだ迷路のような鉱山を走り続ける。
「よし、ビンゴ。後は突きあたりを右に曲がれば上に出れるぞ」
「もう少しね。ええー? 先は行き止まりよ!!」
俺の3D描写の計算上では、繋がっているはずだった。だが、前には土の壁が立ちはだかっている。
計算をミスったか?
戻るべきか? 後ろを振り返るとゴブリン4体が追ってきている。
無理だ。ここは、自分を信じて覚悟を決めるしかない。俺は丁寧に地図を書いてきた。絶対ここで主線と繋がっているはず。
「俺に続け!!」
と叫ぶと、土の壁に向かって全力で体当たりした。
イテーーー。なすすべなく、壁に弾き返された。
くそ、失敗だ。地図が正確じゃなかったのか。尻もちをついた状態で、壁を見上げた。
顔にパラパラと土があたる。
土壁が少し崩れただけだった。
むむ? あの壁の位置が薄明るいぞ!!
「アカネに任せて!!」
後からかけてきたアカネちゃんのパンチが炸裂すると壁が崩れた。
よし、主線に繋がった。あとは最後の直線を抜けて、坂を登れば地下1階のフロアだ。
俺達は慌てて、再び走り出した。
「アカネが限界」
後ろを見ると、ジョルドさんも下がって、迫りくるゴブリンを牽制している。
「全員、坂の上まで全速力」
セシリアさんの言葉とともに、みんな足の速度を早めた。
俺はというと、あっと言う間にみんなに抜かされた。
みんな速っ!!
ここに来て、100メートル走並みのダッシュをみせる。
俺なんてこれでもずっと全速力だったんだよ。もう限界だよ。苦しすぎる。足が上がらない。
「カイさん、口開けて。ポーションよ」
セシリアさんの言葉で口を開けると、ポーションが口元にぶちまけられた。
「これで速度はあがるはずよ。ラストスパート」
と言って、通路を駆け抜けていった。
俺も毎日鍛えているのに。
このダッシュはきつすぎる。
さっきのポーションが、炭酸みたいに口の中で弾ける。んん?? 疲れが取れた気がするぞ。
息苦しさも弱まった気がする。
いや、弱まったどころか元気になったぞ、
よしいくぞ。
力を振り絞って飛ぶように走った。
「カイさん、もう少し」
最後の坂道を駆け上がっていると、登り坂の上で3人が待っているのが見える。
ゴブリンの荒い息づかいが、すぐ後ろから聞こえる。
「アイス」
セシリアさんの氷魔法が発動した。
足元が凍る。
ちょっとタイミングが早すぎないか?
最後の一歩のところで、氷に足をとられて滑らした。と思ったら、ジョルドさんとアカネちゃんが手を掴んで引き上げてくれた。
坂の下を見るとゴブリンが7体、坂の下に滑り落ちていっていた。
「このまま逃げましょう」
「えー、この場所なら、全部やっつけられるよ。アカネが片っ端から蹴り落とすから」
「いやもう撤退だ。回復薬は使い切ったし、矢もない。」
「ざんねんだなー」
そうして、ちびっこパーティのデビュー戦が終わったのだった。
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