第32話 探検:変身スキル

 眼の前に煙幕が広がった。

 煙の中ではゴブリンがえづく声が聞こえる。


 これで一安心だ。

 ま、待てよ、これまずくないか?


 煙がこっちに来てるぞ。


 洞窟内の風は俺たちの方に向かって流れている。

 これでは、自滅だ。


「ウインドウ」


 セルシアさんの風魔法が舞った。

 威力が弱い。


 だがそれが良かった。


 俺に向かってきていた、刺激臭を含んだ煙をゆっくりと押し返し始めた。


「グリュリュ、グホ」


 ゴブリンのうめき声が、引き続き聞こえている。


「よしやったぞ。さすがセシリアさん」

「いえ、まだです」


 刺激袋で足止めできたのは、4体だけだった。2体はジョルドさんにまとわりついてる。ジョルドさんはかなり危ない状態だ。


 一体の攻撃はなんとかわしているが、もう一体の攻撃を避けられていない。


 とっさに火炎袋に、手をかけた。

 だか、セシリアさんは力なく首を横にふる。


「みんな、撤退を」


 かすれたジョルドの声が洞窟に響く。

 撤退するしかないのか。


 くそ、何か手立てはないのか。


「へーー」


 ボカボカ、ドカ。


「へーーん」


 ドカドカボカ。


 アカネちゃんは残り1体だが、苦戦している。


「何なんだよ、もう。ムッキー!!」


 アカネちゃんは、いったい何ふざけているんだ。こんなピンチに棒立ちになって、へーへー言って!


 待てよ、へーんだって。


 もしかして、もしかするぞ。


「刺激袋を使います。5秒後全員撤退」


「待て!! 10秒くれ」


 俺はアカネちゃんにまとわりついているゴブリンに向かって、全力でタックルした。


 死角からタックルしてもよろめかすのがせいいっぱいなのか、悲しいところだ。


 ゴブリンは振り向きざまに一発、俺の肩にパンチをいれた。思わず片膝をつく。


 追加の攻撃が容赦なくくる。俺は亀のように体を丸めて必死に耐えた。


 俺の読みが正しければ。これだけ時間を稼げれば大丈夫なはず。


「へーーんしん」


 アカネちゃんの腕がゆっくりと半月を描く。と、同時にアカネの体が激しく輝いた。


 俺を殴っていたゴブリンを、一閃で再起不能にする。


 それとともに、爆速でジョルドさんにかけよると、ストレートパンチがゴブリンの頭に突き刺さった。


 ゴブリンは吹き飛び、痙攣している。


 もう一匹のゴブリンの腹に続けざまにパンチを食らわすと、くの字になって倒れ込んだ。


「アカネさん。何ですか、その力は」


「へへー、変身したの。凄いでしょ」


 セシリアさんは凄く驚いている。

 やっぱり。

 俺が教えた変身だ。


 それを元に、スキルを編み出したんだ。


「あと4体、いけますか?」

「変身は10秒だから、もう無理」

「そうですか。でも素晴らしかったです」


 セシリアさんは、ジョルドさんに自分のポーションを飲ませながら、話していた。


 そうか、前衛にポーション渡さないと。

 アカネちゃんも肩で息をしている。


 俺はポーションをアカネちゃんに渡した。


「よくやったぞアカネちゃん。俺らの救世主だ」

と言って俺は右手を高く掲げた。


 アカネちゃんはキョトンとしている。


「あっ、これハイタッチ。喜んだときにするポーズだよ。右手、左手、両手の順番で、俺の手と合わせて。じぁいくよ」


「右手」


 パン!とアカネちゃんが手を合わせる。


「いいぞ、左手」


 パン!


「最後に、両手。大きく手を振り上げて〜。 違う違う、振り上げるのは足じゃない」


 どか!


「イタタタ。最後両手だよ。何で足を振り上げて、俺の足を踏むんだよ」


 靴を履いていない今、踏まれるとめっちゃ痛い。


「変身中は、攻撃されないって言ってたのに」


 アカネちゃんは目を潤せながら、抗議してきた。


 そういえば、そんな説明をした記憶がある。でも、それはテレビの話だ。


 まさか、現実に変身を使う人がいるとは、思いもよらなかった。


 悪かったよ、アカネちゃん。

 でも、よくやったぞ。

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