第21話 弓修行:シズクさんの旦那

「えっ旦那さん居なかったの? もしかして1週間シズクさんだけだった?」


「そうだよ」


 ハルさんに狩人として合格した報告をしたときの話だ。目を大きく見開いて、びっくりしている。


「よく、1週間続いたわよね。詳しく教えてもらうために、今度旦那さんがいるときに尋ねたほうがいいわよ」


「シズク師匠が言いたいことは、以心伝心でわかったので大丈夫ですよ」


「本当??」


 ハルさんは疑っている。確かにシズクさんは一言しかしゃべらない。でも、重要なことは伝えてくれるので、ほとんど理解できているはずだ。


「ホント、わかってますよ。俺はもう、シズク師匠がびっくりするほどの腕前ですから」


「シズクさんが弓を射ってる姿、見たことないでしょ」


 そういえば見たことなかったな。


「見たら、口が裂けてもそんなこと言えないから。今度旦那さんが居るときに行ってみて」


 あの無口なシズク師匠の旦那さんってどんな感じだろう。興味もあって、シズク師匠の家に向かった。




◆◆◆


「きみが、カイくんか。私はシズクの旦那のカイロよろしく」


 カイロさんは無精髭をはやした学者風の人だった。ハルさんの話ではカイロさんは、魔物の生態を研究しているということだった。


「カイくんのことは、妻がいろいろ話していたよ。将来有望で期待してるって」


 意外だ。


 シズク師匠から褒められたことなんて一度もなかった。


 運動能力が低い俺は、評価は高くないと思っていた。


「今日は、稽古したいんだってね。早速始めようか」


「走れ」


 シズク師匠の掛け声とともに、さっそく基礎体力訓練が始まった。


 これは、30メートルぐらい先に行き戻るのを繰り返す。シャトルランみたいなものだ。


「シズクは、弓の射撃ポイントを捜し、素早く移動するための訓練と言っている。弓は位置取りがほぼ全て。そのために、番大切な訓練だ」


 訓練時には、ただの基礎能力訓練だと思っていた。だがゴブリンとの実践中に理解できた内容だ。


「まず、敵とあったら逃げるのが一番だ。中途半端な武力と自信は命取りとなる。だから、走って逃げれるようになることが何よりも重要だ」


 なるほど。走る訓練ばっかりだったのは、下手に弓の自信をつけないようにだったわけだ。


「基礎能力が低い弓が、普通に逃げても追いつかれる。だから、敵を巻くため、茂みや悪路を走る訓練にもなっている」


 ふむふむ。


「逃げるだけでも、敵を引き付けるおとりとして、役に立つ。だが、逃げれない弓は味方がサポートしないといけない。つまり戦力としてプラス1かマイナス1になるかは、逃げれるかにかかっている」


 そんな意味もあったのか。


「カイくんは、目的地点に到達したときに隠れてないことが多すぎる。隠れれば、1度だけでなく、数回攻撃のチャンスが生まれる」


 移動後に、ニコニコされたり睨まれていたりしたのは、それが理由か。


「それらのことを注意して、もっと集中して訓練するように。これが、さっきシズクが話していた内容だ。」


 えっ、シズク師匠は、「走れ」しか、言ってなかったよね。後半は、カイロさんの解釈と思っていたが、シズク師匠の代弁してたの?


「シズク師匠の言葉、『走れ』だけでしたよ」


 カイロさんは、シズク師匠の様子を見ながらいった。


「シズクは、『今の私の言葉は自分が伝えたかった話そのものだ』と伝えている。そして、『わずかな言葉で、私のことを深く理解してくれるカイロに惚れ直してしまった』とも伝えている」


 まさか、そんなバカな。シズク師匠何も言ってなかったぞ。


 シズク師匠を見たら、顔を赤らめて、

「それは、通訳するな」

と呟いた。


 ほんとうにシズク師匠の考えていることを通訳しているらしい。


 シズクさんが一言話すと、カイロさんが10分その内容を翻訳する。そんな感じで今日の訓練は進んだ。


 今日はいろいろと勉強になった。できれば、1週間前に聞きたかった。そうすれば、走りばっかの訓練で落ち込むこともなかったのに。


 だが、これでいっそう強くなれた。特に『将来有望』と思っていたことには、勇気づけられた。


「帰る前に、シズク師匠の弓をみたいのですが、よろしいですか」


「シズクいいかい?」


 シズク師匠はおもむろに矢を引くと、弓を放った。


 ズキューーーン


 空気を切り裂くものすごい音が響いた。その後、地面が揺れた。


 今のが弓矢?? なにこれ、矢というよりはまるで銃だ。


 シズク師匠が放った矢は100メートル先の木に当たり、その木は激しくゆれていた。


 うそ、これはレベルが違いすぎる。

 バケモンじゃん。

 

 まだまだ、弓聖までの道のりは長いことを思い知らされた。


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