第17話 弓修行:走る!走る!走る!
「すごい山奥だな」
弓の修行を受けるために険しい山道を2時間ぐらい歩いていた。
「誰だ」
突然後ろから首筋にナイフをあてられた。
人がいる気配なんてなかったぞ。
どうなっているんだ?
「サラヘイム村に住んでいるカイといいます」
両手を上げて敵意がないことをアピールした。
「私が、シズクだ」
シズクさん?
ハルさんが紹介してくれた弓の達人だ。
ホッとして、後ろを振り返った。
「弓について習いに来ました」
「聞いている」
シズクさんは浅黒い肌をした、体格の良い20代後半ぐらいの女性だった。長い髪を後ろできつく縛っている。
「あの木まで走れ」
「はい?」
シズクさんが指さしたのは、30メートル先にある斜面の木だった。
えっと、もうちょっと自己紹介とか、世間話とかないのだろうか。
いきなり訓練?
「どうしてですか?」
聞いても、こちらを鋭い眼光で睨んだままだった。説明してくれるような雰囲気ではない。
よくわからないが、せっかく習いに来たんだ。言われたとおりにするか。
シズクさんの雰囲気に押されて、走ることにした。
30メートルとはいえ道のないうっそうと草が繁った斜面。駆け上るのに疲れる。
木の元にたどり着いて、ほっと一息をついた。
息を整えながら元の場所を見下ろすと、シズクさんがよく見える。こちらを見てニコニコしている。
手を降ると険しい表情で睨んできた。
何か怒らすことをしたか、俺?
もしかして、休んでいることに怒っているのかな? 慌ててシズクさんの元に戻った。
シズクさんの元にたどり着くと、手に弓を持って待っていた。
「使え」
と弓を突き渡された。腰ぐらいの長さの簡素な弓だ。
今までの会話でわかったのだが、シズクさんは極端に言葉が少ない。全部一言で済ませる。
野生じみた威圧感を感じるので、雑談しにくい雰囲気だ。
「次はあそこだ」
シズクさんが指差したのは、30メートル先の岩棚だった。
弓を持ったのは初めてだ。緊張する。うまく矢を射ることができるだろうか。
弦を引くと、ギシギシと弓が鳴り出した。弦が指にめり込み結構痛い。
「違う。走れ」
えっ? 弓の練習をするんじゃなかったの。しかたなく、弓を置いて走り出した。
「弓!」
弓を持ってあの岩を登らないといけないのか。難易度高いぞ、それ。
今日の1日はすべてがこんな感じだった。
シズクさんが歩く道に従って、俺は指示された場所とシズクさんの場所の往復のダッシュを繰り返したのだった。
せっかく修行に来たのに、その日は一度も弓を引くことはできなかった。
◆◆◆
1日中走って疲れた。
まだ夕方だけど、もう寝るか。
宿につくなり、ベットに倒れ込んた。
あんな練習意味あるのか?
もう行くの辞めようかな。
最後に何度も弓を教えてくださいと粘ったのだが、『終わりだ』の一言で帰されてしまった。
寝返りをうつと、部屋の隅に置いた弓が目に入った。シズクさんから借りた弓だ。
寝ようと思っていたが、ちょっと試し打ちでもしようかな。俺は、重い体を起こすと弓を持って外にでた。
俺が部屋に戻ったのは、それから2時間後だった。
◆◆◆
それから1週間通ったが、同じことの繰り返しだった。
相変わらず、弓は打たせてもらえない。走ってばかりだった。
走るだけだったらシズクさんに教わる必要なくないか? 何で、俺はここに通っているんだろうか?
そうは思いつつも、今日も1日訓練した。
「ここでやれ」
訓練が終わり、帰ろうとしたときだった。シズクさんが声をかけてきた。
ここでやれって何のことをいっているんだ? シズクさんの視線を見ると俺の指を見ていた。
俺の指は、豆で破れて血だらけになっていた。毎日宿で弓の自主練をしていたためだ。
「弓の練習ですか?」
と聞くと、シズクサンは黙ってうなずいた。
いつものように、狙いを定めて矢を放った。10メートル先の木にはバラバラに矢が突き刺さった。
頭ぐらいの大きさの円に、当てるつもりだが、うまくいかない。
シズクさんの前で、練習の成果を見せたかったがダメだった。
「一番重要なのは何だ?」
「狙いを定めることですかね」
「違う、一定の型だ。射ってみろ」
と言われたのだが、弓を取り上げられてしまった。
「弓がなくて、どうやって射るのですか?」
「真似で十分だ」
その後は弓を使わないで、ひたすら弓を引く真似をして居残り練習が終わった。
◆◆◆
はぁ、かっこいいところみせられなかったな。
帰り道をとぼとも歩きながら考えていた。練習の成果を見てもらえば、明日から弓の訓練ができるのではないか? と少し期待していた。
だが、今日の反応を見る限りそんなことはなさそうだ。それどころか、弓を貸してもらえなくなってしまった。これでは自主練習もできない。
型を細かく見てもらい矯正してもらったのは、今日の唯一の成果だ。たけど、弓がない状態で、そんなことをしてもなぁ。
同じ動作をずっと機械みたいに繰り返すだけだと、つまらない。居残り練習では、ひたすら『一定の型』と言われ続けた。
『一定の型』かぁ。そんなに言うんだったら、開き直ってやる。まったく同じ動作を繰り返してみせるぞ。
今日は、その練習をするか。
まてよ、あの方法が使えないか。
そうだよ、あの方法があった。
ふふふっ、ちょっとズルっぽいがあれを使えば一定の型を実現できるはずだ。
道が開けた気がしてきた。
明日はクールで無表情なシズクさんを、顎がはずれるぐらい驚かせてやる。
待ってろよ、シズクさん。
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