26.うちの姉ちゃんと取り換えてやるよ


 昼休み。

 授業の終わりを告げるチャイムと同時に、学校中が喧騒に包まれていく。

 翔太も解放感からぐぐーっと伸びをしながら、さてお昼はどうしようかと考えていると、目の前に影が落とされた。


「英梨花?」

「……ぁ」


 英梨花は片手を口元に当てながら、もじもじとしている。

 何を言おうとしているのかと首を捻っていると、美桜の「今日こそカツサンドーっ!」という声が響く。そちらの方へと目をやれば、財布片手に短いスカートを翻し、教室を飛び出していく幼馴染の姿。

 続けて廊下から「うおおぉっ!」という雄叫びが聞こえてくれば、見た目とは裏腹になんとも慎みという言葉からかけ離れた様子に、ため息を漏らしつつ英梨花に向き直る。


「それで、どうしたんだ? 一緒に食堂にでも行くか?」

「……ん、いい」


 そう言って誘うものの、英梨花は小さく頭を振って教室を出て行く。


「なんだよぅ」


 英梨花のよくわからない行動に首を捻るのだった。



 放課後になるや否や、スマホにメッセージが届く。


《キャベツと豚こま、生姜も買っといて!》


 美桜からだった。どうやら夕飯の材料らしい。

 その美桜はといえば、こちらに向かってよろしくとばかりに片手を上げた後、女子たちのグループときゃいきゃい言いながらどこかへと向かう。

 そういえば休みに時間に郡山モールへ制服で遊びに行くと話していたことを思い返す。制服で、というのがポイントらしい。

 今一つそのことにピンとこない翔太は、帰り支度していた英梨花へ声を掛けた。


「帰ろうぜ、英梨花」

「……ぁ」


 こちらに気付いた英梨花はしばしジッと見つめてきた後、申し訳なさそうに眉を寄せ、ポツリと呟く。


「ごめん、今日も用事」

「そっか」


 英梨花は言うや否や鞄を手に取り踵を返す。その背中は着いてくるなと如実に語っていた。

 一人取り残された翔太が所在なげにポリポリと頭を掻いていると、ポンッと気安く肩を叩かれる。そちらに顔を向ければ、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる和真。


「フラれたな、翔太」

「うっせーよ」


 揶揄う友人に憮然とした顔で小突き返せば、怖い怖いと両手を上げられる。

 そしてどちらからともなく帰路に着く。

 登校こそは英梨花と美桜と3人でするものの、帰りは今日のように別になることの方が多い。といっても、英梨花とは一度も一緒に帰っていないのだが。


「そういや翔太、部活どうすんの? それか、道場の方に戻るのか?」

「あー、まだ何も考えてない。道場もちょっと……」

「ケガはもう治ったんだっけ?」

「一応、な」

「ところで、こないだおススメされてたアレだけど――」

「お? アレはやっぱり――」


 和真と取り留めもない会話に興じる。

 途中、胸がチクリとする会話があったが、和真はすぐさま話題を変えてくれた。お調子者ではあるが、そうした機微には聡い奴なのだ。

 やがて電車に乗ったタイミングで、和真はふいに声のトーンを落とし、神妙な声色で訊ねてきた。


「なぁ、妹ちゃんのことだけどさ、なんていうか、うまくやれてるのか? ほら、長い間離れていたって話だし」

「あぁ……」


 翔太はなんとも曖昧な返事をする。

 最近、正確には高校に入学して以来、どうも英梨花の様子が少しおかしい。これまでやけに距離が近かったというのに、やけに遠慮することが多くなったというか、今日の学校でのやりとりを思い返しても妙に噛み合わず、ぎくしゃくしているところがあった。

 まぁもっとも再会して以来、ペースを崩されてばかりというのは変わらないのだが。

 ともあれ、和真は和真なりに心配してくれているのだろう。

 フッと頬を緩めた翔太は、窓の外の景色を眺めながら、昔からの友人に答えた。


「正直、ちょっとまだ色々戸惑ってるかな。前と同じ、ってわけにもいかないし」

「そっか。じゃあ上手くいかないようなら、うちの姉ちゃんと取り換えてやるよ」

「ははっ、言ってろ」


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