26.うちの姉ちゃんと取り換えてやるよ
昼休み。
授業の終わりを告げるチャイムと同時に、学校中が喧騒に包まれていく。
翔太も解放感からぐぐーっと伸びをしながら、さてお昼はどうしようかと考えていると、目の前に影が落とされた。
「英梨花?」
「……ぁ」
英梨花は片手を口元に当てながら、もじもじとしている。
何を言おうとしているのかと首を捻っていると、美桜の「今日こそカツサンドーっ!」という声が響く。そちらの方へと目をやれば、財布片手に短いスカートを翻し、教室を飛び出していく幼馴染の姿。
続けて廊下から「うおおぉっ!」という雄叫びが聞こえてくれば、見た目とは裏腹になんとも慎みという言葉からかけ離れた様子に、ため息を漏らしつつ英梨花に向き直る。
「それで、どうしたんだ? 一緒に食堂にでも行くか?」
「……ん、いい」
そう言って誘うものの、英梨花は小さく頭を振って教室を出て行く。
「なんだよぅ」
英梨花のよくわからない行動に首を捻るのだった。
◇
放課後になるや否や、スマホにメッセージが届く。
《キャベツと豚こま、生姜も買っといて!》
美桜からだった。どうやら夕飯の材料らしい。
その美桜はといえば、こちらに向かってよろしくとばかりに片手を上げた後、女子たちのグループときゃいきゃい言いながらどこかへと向かう。
そういえば休みに時間に郡山モールへ制服で遊びに行くと話していたことを思い返す。制服で、というのがポイントらしい。
今一つそのことにピンとこない翔太は、帰り支度していた英梨花へ声を掛けた。
「帰ろうぜ、英梨花」
「……ぁ」
こちらに気付いた英梨花はしばしジッと見つめてきた後、申し訳なさそうに眉を寄せ、ポツリと呟く。
「ごめん、今日も用事」
「そっか」
英梨花は言うや否や鞄を手に取り踵を返す。その背中は着いてくるなと如実に語っていた。
一人取り残された翔太が所在なげにポリポリと頭を掻いていると、ポンッと気安く肩を叩かれる。そちらに顔を向ければ、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる和真。
「フラれたな、翔太」
「うっせーよ」
揶揄う友人に憮然とした顔で小突き返せば、怖い怖いと両手を上げられる。
そしてどちらからともなく帰路に着く。
登校こそは英梨花と美桜と3人でするものの、帰りは今日のように別になることの方が多い。といっても、英梨花とは一度も一緒に帰っていないのだが。
「そういや翔太、部活どうすんの? それか、道場の方に戻るのか?」
「あー、まだ何も考えてない。道場もちょっと……」
「ケガはもう治ったんだっけ?」
「一応、な」
「ところで、こないだおススメされてたアレだけど――」
「お? アレはやっぱり――」
和真と取り留めもない会話に興じる。
途中、胸がチクリとする会話があったが、和真はすぐさま話題を変えてくれた。お調子者ではあるが、そうした機微には聡い奴なのだ。
やがて電車に乗ったタイミングで、和真はふいに声のトーンを落とし、神妙な声色で訊ねてきた。
「なぁ、妹ちゃんのことだけどさ、なんていうか、うまくやれてるのか? ほら、長い間離れていたって話だし」
「あぁ……」
翔太はなんとも曖昧な返事をする。
最近、正確には高校に入学して以来、どうも英梨花の様子が少しおかしい。これまでやけに距離が近かったというのに、やけに遠慮することが多くなったというか、今日の学校でのやりとりを思い返しても妙に噛み合わず、ぎくしゃくしているところがあった。
まぁもっとも再会して以来、ペースを崩されてばかりというのは変わらないのだが。
ともあれ、和真は和真なりに心配してくれているのだろう。
フッと頬を緩めた翔太は、窓の外の景色を眺めながら、昔からの友人に答えた。
「正直、ちょっとまだ色々戸惑ってるかな。前と同じ、ってわけにもいかないし」
「そっか。じゃあ上手くいかないようなら、うちの姉ちゃんと取り換えてやるよ」
「ははっ、言ってろ」
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