25.対照的な2人


「はよーっす」

「おっはよーっ」

「……ょ」


 高校生になって何度目かの登校、挨拶と共に教室に入るや否や、美桜はたちまちクラスメイトたちに囲まれた。


「美桜っち課題やった?」

「あー、あれめっちゃ難しかったよね!」

「オレ、半分くらいわかんなかったよ……」

「え、そんなのあったっけ?」

「数学の、ほら問題集の応用問題のところ」

「うげっ、忘れてた……っていうかこれ、ちんぷんかんぷんなんだけど!」

「高校になって急に勉強難しくなってきたところあるよねー」


 昨日出ていた課題のことでわいわいと盛り上がる。その中心にいるのは美桜だ。

 翔太はその様子を自分の席に鞄を置きながら、何とも言えない表情で見やる。

 中学時代の美桜はといえばよく言えば明るくサバサバしており、悪く言えばちょっと鬱陶しい、体育会系気質の元気な盛り上げ役。どちらかといえば自分から積極的に話しかけに行くタイプだった。その気質は今も変わっていないようで、見知らぬ男子に話しかけに行っている姿が見えた。


「北村くん、数学得意なんだって⁉」

「え、いやまぁ……」

「同じ中学の人から聞いたよー、理系全般成績いいって! あたし理系苦手なんだー、文系も苦手だけど!」

「あ、あはは……」


 物怖じせずに初対面の人に話せるのは美桜の美点だが、それが必ずいい様に作用するとは限らない。

 話しかけられた、いかにも生真面目といった感じの男子生徒は、何ともどう反応して良いのか困った顔。それに気付いていないのか嬉々と話しかける幼馴染の姿に眉を顰める。


「はいはい美桜っち、北村くん困ってるから」

「っと、りっちゃんに怒られちゃったい。ごめんね?」


 やがて中学からよく一緒にいる顔見知りの女子生徒に回収され、元の輪へと戻され、ホッと一息。輪に戻った時、周囲の男子がホッとしつつも、鼻の下を伸ばしている姿を見て、なんとも胸にモヤりとしたものが生まれていく。

 今までこんなことはなかった。

 この変化は、その明るく可愛らしくなった容姿のせいだろう。

 翔太が眉間に皺を作っていると、美桜がこちらに向かって「おーい」と手を振りながらやってきた。今度は美桜と一緒に着いて来る男たちの厳しい視線に、思わず翔太も苦笑い。


「ここの問題さ、どうやって解いたっけ?」

「あぁこれ、俺もいまいちよくわかってないんだよな。なんとなく答えが出た感じで」

「あたし、答え見て写しただけだから全然なんだよねー」

「おい、美桜」

「おっとさーせん、ふひひ」

「……ったく」


 今までと変わらない普段通りのやりとり、そして美桜の反応に周囲からも笑い声が上がる。そんな中、翔太は周囲をザっと見渡してみた。

 教室の至るところでもここと同じようなグループがいくつか作られている。

 目新しく見えた教室も通常授業が始まり、数日もしないうちに皆も慣れ、新たな日常へと溶け込んでいるのだろう。

 その時、ふいに英梨花がジッとこちらを見つめていることに気付いた。

 翔太と目が合った英梨花は慌てて目を逸らし、手元のスマホへ視線を落とす。

 何をしているんだろうと思いつつそのままジッと見ていると、何度もこちらをチラチラと窺っているようだ。話の輪に入りたいのだろうか? ここのところ、英梨花のことはよくわからない。

 しかし、英梨花は1人ぽつねんとしていた。

 傍目には相変わらずの無表情、ともすれば不機嫌にも見える様子でスマホを弄っていれば、話しかけようとする人なんていやしない。


(…………)


 眉間に皺を刻み、逡巡することしばし。翔太は英梨花にも話の水を向けた。


「なぁ、英梨花はこの問題わかるか?」

「っ!」

「そうそう、えりちゃん新入生代表になってたくらいだし、お勉強できるんだよね!」


 するとたちまち反応した美桜が英梨花のところへ駆け寄り、問題集を広げる。必然、周囲に居たクラスメイトも追随することに。皆も話しかける切っ掛けがなかなか掴めなかっただけで、英梨花には興味津々なのだ。好奇の目を向けている。

 いきなりそんな視線に囲まれる形になって呆気に取られ、おろおろする英梨花。

 しかし美桜は気にした風もなく、家と同じような調子で話す。


「ここ、どうやって解くの? 色々意見が分かれちゃってさ」

「……先にyの値を出して、その公式を当て嵌めるだけ」

「へ? ……あ、ほんとだ!」

「なるほど、ここ引っかけなんだ!」

「わ、気付けばすんなり解けちゃう」

「すごいな、葛城さん。さすが」

「葛城さんだと2人いるし、英梨花ちゃんって呼んでいい?」

「あ、オレもオレも!」

「……ぇ、ぁ……」


 美桜を切っ掛けにして次々と話しかけられる英梨花。

 ビクリと肩を跳ねさせ、目を泳がせる。口を噤むことしばし。

 何度か話そうとして口をパクパクさせていたが、やがていっぱいいっぱいになったのか、彼らの言葉に応えることなくスッと無言で立ち上がる。


「お手洗いっ」

「……ぁ」


 そう言ってそそくさと教室を出ていけば、追いかけられる人はいない。

 少し気まずい空気が流れる中、美桜と目が合い、またも互いに苦笑を零した。


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